旧中山道「板橋宿」

先日「旧中山道板橋宿を歩く会」に参加してきた。


集合は、JR埼京線板橋駅。板橋駅は、実に昭和の風情が色濃く残る駅で、嬉しい駅舎だ。ただ、クレーン車や重機が取り囲んでおり、近々新しい駅に改装されそうだった。
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駅前のロータリーの向かいにあるのが、新選組局長「近藤勇墓所」だ。
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慶応4年流山で捕えられ、板橋塾に置かれていた新政府の本陣で取り調べを受け、政府軍に在籍していた元新選組隊士に見破られ、板橋刑場で処刑されたのだ。
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近藤勇と土方歳三の両名の名が刻まれた墓標なのだ。明治9年、新選組生き残りの永倉新八によって建立されたとのことで、傍には、永倉新八の墓も。
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さて、旧中山道を板橋宿へ向かう。
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首都高速を潜ると、板橋宿の「平尾宿」が見えてくる。板橋宿は、江戸方面から「平尾宿」・「仲宿」・「上宿」に分かれているのだ。
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平尾宿入り口手前を、少し入った「東光寺」である。ここには、江戸幕府により八丈島流罪となった「宇喜多秀家の墓」がある。明治になって赦免され東京に戻った子孫が建立したものだ。墓には「秀家卿」の三文字だ。
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板橋宿に入り、数分歩くと室町時代の暦応元年(1338)創建の「観明寺」だ。
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境内には、明治になり近くの加賀藩下屋敷から移築したと云う赤門だ。東大の赤門の小ぶり版に見えたな。
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そして、更に加賀藩下屋敷に祀られていて、明治になりここへ遷座されたと云う稲荷神社も残されているのだ。
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また、こちらは、江戸初期漢文元年(1661)造立の庚申塚で、都内最古とのことだ。
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街道を進むと、豪奢な唐波風の玄関を持つ銭湯「花の湯」だ。残念ながら、この3月30日付けで廃業の張り紙であった。
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そして、花の湯の脇道を10数メートル入ると、「板橋宿平尾脇本陣跡碑」だ。碑のみではあるが、江戸期ここに脇本陣があったと碑で残してくれているのは、有難いことだ。江戸期、この脇本陣は豊田家が当主であり、慶応4年流山で捕えられた近藤勇は、この豊田家脇本陣に幽閉されていたと云う。
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板橋宿の仲宿へ入る前に、「いたばし観光センター」で休憩タイム~~~。江戸期の街道の様子がよくわかる資料も展示だ。
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板橋の地名にもなった「板の橋」の白黒写真も残されていたな。
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さて、仲宿へ進む。
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江戸期は立馬馬・囲馬などのつなぎ場として賑わっていたと云う「遍照寺跡」である。明治になり廃寺となってしまい。境内は実に悲しい。
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しばし進むと、スーパーライフが右手に見えてくる。このスーパーが板橋仲宿の本陣があった場所で、脇のブロック塀に隠れるように「板橋宿本陣跡」の碑のみだ。
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本陣跡の向かいには、宿場らしい和菓子屋さん「新月堂」。板橋にちなむ「いたばし最中」や 加賀下屋敷にちなんだ和菓子が楽しい。麩まんじゅうで一息~~~。
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本陣跡のスーパーライフの裏手に向かうと、本陣飯田家の菩提寺でもある「文殊院」だ。飯田家代々の墓や宿場の「遊女の墓」が残されている。3本の墓石に何人もの遊女の名が刻まれているんだよな。
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こちらは、仲宿脇本陣跡である。板橋仲宿の名主を務めた飯田家の屋敷跡だ。将軍家茂に降嫁する和宮が宿泊した脇本陣でもある。
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さて、板橋の地名の由来にもなった石神井川にかかる板橋である。往時は板の橋
だったのだが、今は木目調の欄干がついている。江戸から二里二十五町三十三間(10.642m)
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川岸は桜並木で、春には見事な桜を愛でることが出来るに違いない。
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板橋を渡ると「板橋上宿」だ。ここには、今でも信仰されている「悪縁は切ってくれるが良縁は結んでくれる」で有名な「縁切榎」だ。川柳「板橋へ三行半の礼詣り」でも有名だ。
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今でも、このように榎の樹皮を切り取って持ち帰る人が後を絶たないらしい。
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これにて、板橋宿終了~~~~。今回も、案内ありがとうございました。








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by Koppe3T | 2017-07-19 09:45 | ウォーキング・散策 | Comments(2)  

Commented by 姉さん at 2017-08-24 19:40 x
板橋宿も行かれましたか!あまり宿場町としての遺跡は残っていませんが板橋や縁切榎など楽しめますね。
板橋はもっといろんなところ歩いてみたくなります。
Commented by Koppe3T at 2017-08-25 17:48
姉さん>

板橋宿は、近藤勇が処刑された場所だったので訪れたく思っていたのですが、今回参加出来て良かったです。
有名な板橋も含め、碑で紹介しているところばかりではありますが、仲宿・下宿・上宿と続く街道のスネーク状の曲がり具合に往時を思い馳せでました。

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