2017年 05月 14日 ( 1 )

 

日野用水と日野宿散歩

昨日の土曜日は、武州日野の用水と甲州街道の宿場であった日野宿を巡る散歩に参加だ。
生憎の雨模様で、合羽も持参で集合地「JR日野駅」へ。


この日野駅は甲武鉄道の駅として明治23年に開業とのことだ。しかも、この駅舎は昭和12年竣工の入母屋屋根が何ともいい風情で、70年も経っていると云う。
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駅前には早速水量豊かな用水路だ。日野には北条時代から始まった全長100キロ以上の用水が今でも流れているんだよね。恵の川「多摩川・浅川」に挟まれた立地からの成せる業でもある。
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こちらは、現在はギャラリーカフェになっている「大屋」である。築120年で元々は米穀などを扱っていた荒物屋志村家。屋号が「大屋」である。
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日野と云えば、新撰組副長土方歳三の出身地で有名であるが、井上源三郎も八王子千人同心の3男で、近藤勇・土方歳三らとともに新撰組で名を上げた一人である。新撰組6番隊長を務めた井上源三郎記念館である。

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住宅街の一画に鎮座する「とんがらし地蔵」である。別名ヤンメ地蔵とも云われ、「目を患っている人が赤とうがらしをあげると御利益がある」とのことだ。
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さて、豊かな日野用水が道端を縦横に流れている一画である。水量もあるし、流れも速いのだ。

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直角に曲がって流れたり、
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こんな風に、用水を身近に感じて歩けたりしてしまうのだ。
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上の写真は昭和年4頃の精進場付近で校外授業中の女組のこどもたちと、日野の田園風景である。一本の丸木橋が掛かっているし、みんなこの丸木橋を渡っていたんだろうなぁ。
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仲田の森蚕糸公園である。昭和3年開業の蚕糸試験場日野桑園跡である。園内には各種の桑の木が植わっているのだ。
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そして、昭和7年建築の「桑ハウス」が残されている。明治期から日本輸出の重要物であった生糸の品質・生産の一大試験場であった場所である。
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トイレタイムの合間に、抹茶ソフト~~~~~!!!これ、美味しかったな。
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明治期の鉄道建設に欠かせない煉瓦であるが、ここ日野にも明治
年に「日野煉瓦」が創業され、盛んに煉瓦が製造されていた。その煉瓦がはめ込まれた塀である。このレンガ工場は2年ほどで、廃業されたようだが、下の写真のように甲武鉄道の多摩川鉄橋などに使われたのだ。
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日野宿健康長寿地蔵尊(けんころ地蔵)である。「健康で元気に長生き、患い無しでコロッと大往生を」願った地蔵さんである。
是非とも、ケンコロと逝きたいものである。
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新撰組のイケメン隊士からも応援のご挨拶だ。翌日は、
「ひの新撰組まつり」の日でもあり、市内は新撰組隊士の衣装の皆さんで盛り上がっているのだ。



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さて、日野宿である。1570年北条氏より屋敷割りが行われ、江戸期なり江戸幕府により整備された日本橋から約40キロの甲州街道の宿場である。多摩川の渡しの管理や荷物の継ぎ立て高札場など街道の重要な役割があったのである。
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日野本陣である。都内で唯一現存する本陣であり、文久3年(1863)に建てられたものだ。ここ日野宿は上佐藤家が本陣、下佐藤家が脇本陣を務めていたが、幕末には下佐藤家が優位になり、この現存する建物が「本陣」となったとのことだ。
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お偉方しか上るこのの出来なかった式台である。
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仏間から納戸を望む。
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幕末この本陣の当主であった佐藤彦五郎は天然理心流の道場をこの地に開き、近藤勇・土方歳三らの新撰組に参加した志士を多く輩出したのだ。
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こちらは、明治26年に建造された有山家蔵で「旧日野銀行」である。当初は土蔵だったようであるが、関東大震災後、洋風に改修された建物である
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ここで、有村家の当主が営むカフェ「花豆」で、コーヒー・タイム~~~~。鬱蒼とした大木が林立する敷地の中のお家カフェ的な素敵な自宅カフェなのだ。落としたてのコーヒーは実に美味で、生憎に雨に濡れた身体を温めてくれたな。

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1602年大善寺開山の僧の隠棲所だった「大昌寺」。この梵鐘は日野宿の「時の鐘」であったのだ。陣屋の佐藤彦五郎もこのお寺に眠っている。

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明示初期の建築である「渡辺家住宅」である。当初は土蔵だったのであるが、関東大震災で被災し、昭和5年改修され大谷石での張石蔵の現在の姿になっている。
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八坂神社である。多摩川の洪水時、淵に怪光が現れ拾い上げると「牛頭天王の神像」だったとのことだ。その神像を祭った神社であり、600年以上の歴史ある神社である。天然理心流近藤周助門人により奉納された大小2本の木刀が架けられた額が有名だ。
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それにしても、流石に日野は用水が多く流れていて、多くの先人達が水利に多くの労力を継ぎこんでいたかが体感出来る町であった。
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更に30分ほどお散歩コースは続いたようであるが、生憎の雨でスニーカー内はグジュグジュでトイレにも行きたく、一人離脱し打ち上げ会場へ。

その後、参加者全員も会場前へ。開店前に会場へ入ることも出来、予約時間のチャイムとともに打ち上げ~~~~101.png 料理も盛りだくさんだし、瓶ビールも美味しいし、話題も弾む楽しい打ち上げだったな。
姉さん、今回も素晴らしいコースの案内、ありがとうございました。
また、一緒に傘と合羽で歩いて頂いた皆様、お疲れ様でした。


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by Koppe3T | 2017-05-14 17:04 | ウォーキング・散策 | Comments(4)