2017年 11月 13日 ( 1 )

 

空気が違う谷中~~~

この週末は、「谷根千」と云われる谷中・根津・千駄木周辺の歴史散策会へ参加してきた。
予報に反して、青空になったのが嬉しい。

出発は、日暮里駅南口。
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江戸期から紅葉が美しかったと言い伝えられていた「紅葉坂」である。
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紅葉坂の上は、天王寺である。起源は、日蓮上人がこの地の関長輝宅に泊まった折に、日蓮が自分の像を刻んだの長輝が奉安したのが始まりと云う。室町期の応永年間の頃の古刹である。
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境内内の元禄3年の銅造釈迦如来坐像である。日蓮宗から天台宗に改宗する直前の作とのことだ。
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本堂の屋根の流れ具合が、実に優しく流れており天平時代のお堂を思い起させてくれていた。
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谷中霊園の中央園路を進む。桜通りと云われているだけに、春には桜が美しいに違いない。
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天王寺の境内にあった五重塔が幸田露伴の小説「五重塔」で有名になったが、昭和32年の心中事件で焼失とのことだ。今は、礎石だけが残されている。高さ34.18mで谷中のランドマークとして愛されていたとのことだ。
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在りし日の五重塔が掲示されていた。
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谷中霊園に来たら、歴史好きは立ち寄りたい「徳川慶喜公」墓所である。
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上野公園方面へ進むと、いかにも昭和らしいお店屋さんが未だに営業しているんだよな~~~~102.png。違う空気を感じることが出来ちゃうのだ。
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かの有名な、「カヤバ珈琲」は、入店待ちの行列だし~~~。
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こちらは、明治43年築の旧吉田屋酒店で現在は台東区の下町風俗資料館付設展示場としてここに移設されている。谷中の一角にあった江戸期以来の老舗で、昭和61年まで営業していた建物とのことだ。
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明治40年築の日本橋で布問屋であった市田邸。戦後は芸大音校生の下宿にも使われていたとのことだ。歪みが激しいガラス窓の縁側廊下がある日本家屋は、自分が育った家屋も似たような造りだったので、親近感が高い。登録有形文化財である。
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寛永寺の子院のひとつである護国院である。天海の弟子である生順が開創した寺院である。
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で、この辺りは江戸期に神田付近の寺院が強制移転させられたエリアなので寺院が多いのだが、お陰で高いビルがないんだよな。お陰で、空も高いし空気も違う。
そんなエリアには、少年時代50円玉を握りしめて走って買い食いしたような風情のお店も営業しており、にんまりしてしまう。
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右に左に多くの寺院を過ぎて進むと、三浦志摩守の下屋敷があったので「三浦坂」と呼ばれた結構な勾配の坂なのだ。
坂の途中には、猫猫猫・・・・・のお店だ。
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こちらは藍染川を埋めてできた道路で「へび道」と呼ばれている。確かに道がくねくね~~~~。先が見えないワクワク感も嬉しい。藍染川だったというから、この辺りで藍染が盛んだったのだろうな。
何故かサイクリングで通過してゆくグループが多い道だった。
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三崎坂(さんさきさか)を上る。この辺りにも寺院や猫関連の店が多いのだ。
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坂の途中の寺院で、山岡鉄舟のお墓参りだ。勝海舟と協力し江戸無血開城に尽力したのは有名だ。
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観音寺築地塀である。瓦と粘土を交互に積み重ね築地塀で、築200年以上経つと云う。登録有形文化財である。
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この観音寺は、赤穂浪士とゆかりの寺で、四十七士の近松勘六と奥田貞右衛門はこの寺で修行したいた文良と兄弟だったことから、浪士に多くの便宜をはかったり、寺内で浪士の会合も持たれたとのことだ。
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観音寺から坂を下る。この坂の下は江戸期螢沢よ呼ばれ、蛍の名所だったという。
で、この急な坂は、「蛍坂」である。
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岡倉天心宅跡・日本美術院あとである。岡倉天心と云えば、北茨城の五浦にある太平洋を望む地に建てられた六角堂が有名であるが、ここには、昭和41年に建立の岡倉天心史跡記念六角堂があるのだ。北茨城五浦の五浦の六角堂は、天心が北茨城に惚れ込み創作活動の拠点とした場所であるが、東日本大震災で堂は流されてしまったのが残念である。
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で、谷中銀座である。ここだけ人混みが半端ない。
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有名な「夕やけだんだん」。当然のように、猫ちゃんが身づくろいだ。
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途中の休憩タイムに頂いた「おしるこ」。北海道十勝産の小豆を使ったお汁粉で、甘からず薄からず、疲れた身体に活力をくれたな。
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今回は、戦災に遭わなかったので江戸・明治期の面影を多く残している谷根千。都心ではあるけど、高いビルがないので空気が違うエリアの案内、ありがとうございました。











by Koppe3T | 2017-11-13 17:00 | 徒然なること | Comments(0)