カテゴリ:ウォーキング・散策( 84 )

 

横からみるか?上から見るか?水上の紅葉ツアー

この週末は台風22号接近の予報の中、北関東「水上温泉へ」。
「高級国産車で行く秋の北関東」ドライブ・ツアーに参加だった。

集合は、関越道「高坂SA]だ。国産高級車3台に分乗し、まずは「道の駅田園プラザかわば」へ。
f0233879_13474554.jpg


今日の昼食は、田園プラザかわば内の「そば処虚空蔵」だ。
満席で席への案内を待つ間に、案内係の男性の楽しいトークに、アトラクション待ちの雰囲気になってきてテンションもアップだ。
f0233879_13471265.jpg
また、彼曰く「そばつゆに山葵と葱は入れないで、蕎麦にからめた後に蕎麦つゆに付けて食べると蕎麦の風味がアップします。」とのことだったので、早速トライ!!。

注文は、天ぷら付きの十割そば~~~。十割らしくない白っぽい蕎麦でしたけど、いいねぇ~~!、山葵は蕎麦に絡める食べ方は、実にいい風味でした。
f0233879_13464019.jpg

続いて目指すは水上の「諏訪峡」だ。道の駅スタート後、10分ほど走ったらまたまた「道の駅田園プラザかわだ」に到着(笑)。3台でつるんで走る楽しさの一つである(笑)。

さて、諏訪峡では旅行社の交通社社長がボランティアのガイドさんをお願いしていてくれたので、地元の話題やクマ除けの鐘の話しやら地元の話題も楽しい。
f0233879_13491643.jpg


諏訪峡は、利根川の上流の水上町の景勝地でもあり、ラフティングでも有名な急流が美しい峡谷である。その利根川の川沿いの遊歩道をガイドさん付きで散策だ。
f0233879_13503403.jpg
f0233879_13501033.jpg



笹笛童子公園に佇む笹笛童子像である。笹笛!!!、少年時代を思い出していたな。
f0233879_13492473.jpg


笹笛橋より下流の諏訪大橋を望む。この諏訪大橋では、バンジージャンプを楽しむことが出来るとのことだが、バンジーなどは無理無理!!
f0233879_13502623.jpg

橋の袂には、与謝野晶子の歌碑が建っていたりと、旅情豊かな所なのだ。
与謝野晶子の碑には「岩の群 おごれど阻む力なし 矢を射つつ行く若き利根川」と彫られていたな。若き利根川の水の力を素晴らしく伝えてくれていました。


この付近の紅葉はまだ時期が早いとのガイドさんの弁で、諏訪峡散策は半分で切り上げ上流の藤原ダムへ向かうことに。いいですねえ~~~。藤原ダム付近は紅葉も見頃で、感激だ。曇り空の夕暮れで鮮やかに写ってないのが残念である。
f0233879_13510664.jpg
f0233879_13512180.jpg
f0233879_13513546.jpg

夕暮れも近づき霧雨も降り始め、早めにお宿へ。宿でが、早速源泉かけ流し露天風呂でご満悦。目の前には晶子が詠んだ「若き利根川」を眼下に見下ろせるベスト・ロケーションなのだ。その夜の豪華夕食と、部屋での歓談が時が過ぎるのを忘れさせてくれていたな(料理や銘酒のPhotoを撮り忘れが残念!)。

さて、夜半から降り出した雨は翌朝も大粒の雨だ。朝食前に朝湯も頂き、美味しいい朝食も頂き、予定通りの時刻にチェックアウト。雨なので、残念ながら谷川岳ロープウエイでの天神平は断念し、日本一のモグラ駅で有名な上越線「土合駅」へ。
f0233879_13521087.jpg


上越線の上りホームは、このように地上にあるのだが、下りは駅舎から70.7m下の地下にあるんだよね。
f0233879_13522991.jpg

早速コンコースへ向かいます。このコンコースが現役(現役なんだけど、一日5便しか停車しない)なのだが、どこか廃墟の風情なのだ。どこか地下探検に赴く感じ~~~。
f0233879_13524431.jpg

コンコースは、途中利根川を渡るんだけど、雨に濡れた窓ガラス超しに見る眺めが実に素晴らしいのだ。
f0233879_13530883.jpg



さて、下りホームへ降りる階段に辿り着いた(写真がボケでます)。スタート部には、下のホームから462段の表示だ。さあ、意を決して下ります。
f0233879_16481642.jpg
f0233879_13532030.jpg


途中途中には、お休み処のベンチまで用意されているのだ。
f0233879_13532544.jpg


さて、最下段から上方向の階段を望むと。
f0233879_13540229.jpg
う~~~~む、異次元の世界へタイムスリップしたみたいだし、タイムトンネルのようにも見えます。
f0233879_13534256.jpg

上越線「土合駅」下りホームである。また、昭和の色が残る待合室。
f0233879_13542552.jpg
f0233879_13543500.jpg
f0233879_13544343.jpg

駅舎がある地上までの上り462段は、そりあぁもう大変。数回ベンチのお世話になりました。ふぅ~~~~106.png


さて、利根川の支流である湯檜曽川の絶景地で駐車し、雨の中撮影会。
f0233879_13545774.jpg
f0233879_13551399.jpg
f0233879_13554156.jpg
f0233879_13555849.jpg
        湯檜曽公園に佇む高級国産車も記録に残します(笑)。雨に濡れた水上の紅葉、横から見る水上の紅葉を堪能できたね。



雨と云うことで、予定を協議し世界遺産の「旧富岡製糸場」へDrive a Go Go~~~~  
高速走行も、3台でつるんで走るとまたまた楽しいことが何度か発生し、各車内は大盛り上がりだったかな?(笑)
実は初日には、私が先導車の白いデミオ車を目標に走っていたら、実は全く違うプリウスだったり(笑)。


さて、ご存知明治政府が富国強兵の足掛かりに明治5年に操業を開始し、昭和62年まで操業していた富岡製糸場である。平成26年にユネスコ世界遺産に載せられたのは記憶に新しい。
f0233879_13560384.jpg

まずは、煉瓦作り壁が美しい東置繭所内での展示パネル類で歴史を閲覧してから、順路従って見学だ。
f0233879_13563494.jpg
f0233879_13564229.jpg

まずは、「繰糸所」である。明治5年築の建物内は、繭から生糸を取る作業が行われていた場所である。内部には昭和41年に設置されたと云う「自動繰糸機」が残されているのだ。
f0233879_13570767.jpg

操糸所から出ると、首長館や寄宿舎へ繋がる渡り廊下だ。昭和30年代に私が通った小学校の渡り廊下と手洗い場にそっくりなのに感激。
f0233879_13572018.jpg


こちらは、ここ富岡製糸場を立ち上げるに当たり、明治政府がフランスから招いたポール・ブリュナ氏の邸宅である。首長館と呼んでいたらしい。
f0233879_17324283.jpg
f0233879_17325287.jpg


で、女工さん達の寄宿舎であった大正7年築の榛名寮。大広間に畳敷きなのだ。ここに何人の女工さんが寝たんだろうねぇ?
f0233879_13580203.jpg
f0233879_13575705.jpg
f0233879_13575259.jpg

更に、浅間寮・妙義寮である。こちらは、昭和15年の築である。これまた私の小学校時代の校舎とそっくりなんだよな。
f0233879_13581142.jpg


明治6年竣工の女工館である。これは日本人女工さんに
糸取りの技術を教えるために来日したフランス人女教師達の住居だったとのことだ。榛名寮の畳敷きの建物とは段違いだ。
f0233879_17344914.jpg


蒸気釜所があった近くに復元された単気筒蒸気機関である「ブリュナ・エンジン」を見学だ。
f0233879_14070860.jpg


更に、首長館を見学した後にみると、う~~んな社宅群も残されているのだ。
f0233879_14074373.jpg
f0233879_14082187.jpg
社宅群の向かいには、桑畑だ。昔は山間部には多くの桑畑を見かけたものである。
f0233879_14072194.jpg

最後に、東置繭所の展示から1枚。
f0233879_14085076.jpg
そうそう、場内のスタンプ・ラリーに挑戦し、見事(笑)4ポイント・ゲットで、方言缶バッチ頂やした。「いぐんべ(Let's Go)」だ。



お昼にお蕎麦を頂き、一路高坂SAへ。車へ給油後、一堂に会し清算し、1泊2日の「横から見るか上から見るか水上の紅葉ツアー」も解散だ。
その後は、夕刻迫る驟雨の中ひたすら圏央道を東へ走り帰宅だ。

今回も、実に楽しいカワセミ交通旅行社の素晴らしい企画に参加出来て、非日常を過ごせた2日間だった。土日とも雨の予報ながらも、土曜日は傘の世話にもならずに済んだし~~~~~。

参加の皆様、ご一緒の水上温泉ツアー、楽しい週末をありがとうございました。

お土産は、お宿で夜の8時までに注文すると、翌朝作りたてのまんじゅうを届けてくれるという みなかみ名物「湯乃花饅頭」だ。
f0233879_13173273.jpg



[PR]

by Koppe3T | 2017-10-31 13:24 | ウォーキング・散策 | Comments(8)  

新宿から中野への伝説道をたどる

土曜日は、「新宿から中野への伝説と古道をたどる散歩」に参加だった。

スタートは、西新宿五丁目駅から。
早速、神田川の支流で暗渠になっている和泉川暗渠だ。川らしくカーブが続くのが嬉しい。
f0233879_19330886.jpg


映画「タンポポ」でも登場する豚の遊具も残っているんだよな。
f0233879_19331793.jpg

暗渠になっても、昔ながらの橋の欄干は残っているんだよね。これは、昭和7年に架けられた「柳橋」。
f0233879_19333771.jpg
f0233879_19334706.jpg

神田川への合流地点である。和泉川からの水の流出はないかったけれど、しっかり大きな口が覗けたな。
f0233879_19340928.jpg
f0233879_19340257.jpg


神田川に架かる「長者橋」である。紀州出身の鈴木九郎が流浪の末住み着き、荒野を開拓し巨万の富を得、「中野長者」と呼ばれたとのことだ。遠くに新宿副都心の超高層ビル群が望めちゃうのだ。
f0233879_19341809.jpg

神田川から中野坂上方向へ少々上ると、「成願寺」だ。中野長者と呼ばれた鈴木九郎1400年頃屋敷跡に建てた曹洞宗の寺院である。



f0233879_19344582.jpg
中野長者鈴木九郎氏の墓所である。
f0233879_15054730.jpg


f0233879_19345188.jpg

境内には、鈴木九郎の生い立ちを紙芝居的に描いた長大な絵巻があるのだ。読みごたえがあるよ~~~。
f0233879_15050842.jpg
f0233879_19350482.jpg


寺院の門には石柱残され、「左十二社」・「向淀ばし」が読み取れる。現在の杉並区の妙法寺へ行く道の起点だったとのことだ。
f0233879_19352133.jpg



中野坂上から青梅街道を都心方向へ下って行くと、大きな「石森ビル」だ。神田川の水力を使い、青梅街道を使って集まった物資を加工し粉・醤油・味噌などの産業が盛んだったようだ。この石森製粉も幕末から大正にかけて製粉業を営んでいたのだ。ビルの前には、人の身長ほどの石臼が残されている。



f0233879_19355950.jpg
f0233879_19355026.jpg


神田川に架かる「淀橋」である。江戸名所図会にも、人馬や水車が賑やかだ。但し、その昔は、中野長者が金を埋めるために雇った人夫がこの橋を渡って行ったのだが、長者に殺され帰って来なかったので「姿見ずの橋」とか「暇乞いの橋」と呼ばれていたとか。
後に、その話を聞いた将軍家光が山城国の淀川に似てるからと「淀橋」と改めたと云う。
f0233879_15230088.jpg
f0233879_15290200.jpg
f0233879_15233177.jpg


蜀江坂である。この辺りは高台で、蜀江山よ呼ばれていたとのことだ。
平将門が蜀江錦の袖を落とした説と将軍家光が鷹刈りの折、紅葉の美さを錦と称賛したとの説がある。それにしてもここからの新宿副都心の眺めも現在の錦であるな。
f0233879_15243353.jpg
f0233879_15244014.jpg



鎧神社である。西暦900年の頃行基作の薬師如来を本尊として創建された圓照寺の鬼門に創建された古刹である。歴史上に有名な日本武尊が甲冑を隠した・平将門が藤原氏郷に打たれたのち土地の者が将門の鎧を埋めた・将門を討った藤原氏郷将門の兜を埋めたとの3説があるのだ。
f0233879_15252067.jpg



境内の天神社には実に珍しい「狛犬型庚申塔」が残されていた。狛犬の前右足が継足なところも古刹を感じさせてくれた。
f0233879_15253479.jpg
丁度、地元の祭りで柏睦会の子供神輿だ。
f0233879_17513219.jpg



真言宗豊山派の寺院、圓照寺である。中野で病に倒れた藤原氏郷がこの薬師如来に祈願したところ、たちどころに治癒し将門を倒すことが出来たとのことだ。また、この辺りの地名だった「柏木」の由来になった柏木右衛門の屋敷跡でもあった。
f0233879_15262906.jpg
f0233879_15311416.jpg


今は暗渠となり神田川に注く桃園川だった緑道である。ここも、うねうねカーブが川のなごりを想像させてくれるな。
f0233879_17520008.jpg


中野村総鎮守の中野氷川神社である。1030年源頼信が大宮氷川神社から歓請した。
f0233879_17522698.jpg
f0233879_17523451.jpg



宝仙寺三重塔跡地である。1636年、中野村の富農飯塚惣衛門夫妻が施主となり創建したとのことだ。庶民が建てたって!!!、凄いことだ。昭和の戦争で焼け、平成4年に宝仙寺の境内に再建されている。江戸名所図会に当時の面影を見ることが出来る。
f0233879_17525854.jpg
f0233879_17520743.jpg


真言宗豊山派の寺院「宝仙寺」である。平安後期、源義家の奥州征伐の帰路に祀ったのが始まり。
境内には、実に珍しい石臼塚が残っているのだ。製粉が盛んだった中野村ならではの塚である。
f0233879_17530800.jpg

f0233879_17572961.jpg


再建された中野三重塔である。
f0233879_17573688.jpg
なお、昨日27時間TVを見ていたら、この宝仙寺が出てきて、江戸期吉宗の治世の頃、今のベトナムから送られた象が長崎から江戸まで陸路運ばれ、吉宗に献上されたのだが、餌代が嵩みこの中野村の百姓に払い下げられたとのことだ。百姓は、象小屋を作り見世物にしたり、象が死んだ後も象牙や骨を見世物して大儲け。その象牙や骨が今も寺院に残されているとのことだ。


浅田醤油醸造所の遺構でフランス組レンガ塀である。戦前は、ここのそばつゆが東京のそばつゆを独占していたとのことだ。
f0233879_17574636.jpg


明徳稲荷神社である。ここの狐の彫り物がある手水鉢は慶応3年の作である。
f0233879_17580462.jpg
f0233879_17581061.jpg


慈眼寺。1544年創建。境内のパコダ(仏舎利塔)がタイ風である。タイの寺院から寄贈された仏舎利一粒が納められているのだ。
f0233879_18005840.jpg
f0233879_18012616.jpg


江戸期、堀之内妙法寺に参拝する道筋だったことから繁盛した鍋屋横丁である。交差点に鍋屋と云う茶店が草餅を販売して実に繁盛したとのことだ。
f0233879_18015530.jpg
f0233879_18021108.jpg


「十貫坂」。神田川方面へ下る100mほどの坂で、十貫文の入った壺が出た説と中野長者がここから見渡せる限りを十貫文で買ったと云う説がある。
f0233879_18022811.jpg

神田川に架かる相生橋から妙法寺へ向かう古道「本郷道」には多くの道標があるが、こちらは「指差地蔵」である。お地蔵さまの台座に妙法寺方面を指で差した彫りがあるんだよね。
f0233879_18031145.jpg
f0233879_18025591.jpg



本郷氷川神社。14469年大田道灌が大宮氷川神社より勧請。
f0233879_18033743.jpg



若の花が開いて、かの若乃花・貴乃花などを輩出した二子山
部屋である。今は若貴も引退し移転ししている。表札だけは残っていたな。
f0233879_18035203.jpg


で、こちらが今回の最終地姉さんならぬ「anea Cafe」だ。こちらでの打ち上げだったのだが、出てくるもの全てが美味しい美味しい。飲み放題のアルコールも随分と進んだようだ(笑)。

武蔵野の中央から地名になった「中野」!!奥深いねぇ~~。今回も微細な案内ありがとうございました。足裏にかなりきたけれど、最後まで歩き応せて良かったな。

誤字脱字がありましたら、ご勘弁ください。




[PR]

by Koppe3T | 2017-09-11 18:17 | ウォーキング・散策 | Comments(6)  

こじゃれた街の江戸の名残である

先日、多くの大名の屋敷があった信濃町から神宮周辺のウォーキングに参加してきた。
江戸期、現在の信濃町には永井信濃守の屋敷があったとのことで、「信濃町」として町名が残っているのだ。


まずは、「南総里見八犬伝」で有名な滝沢馬琴終焉の地である。この地で八犬伝を書き上げこの地で終焉を迎えたとのことだ。
f0233879_08114049.jpg
南総の富山には、伏姫と八房が籠ったと云う「伏姫籠穴」も残っているし、馬琴の小説がまことしやかに現代に伝えれれているのが楽しい。



さて、ご存じ神宮外苑「聖徳記念絵画館」である。
f0233879_08115633.jpg
明治天皇・皇太后の聖徳を後世に伝える為に造営され、大正15年に竣工した神宮外苑の中心である。


外苑には、珍樹「なんじゃもんじゃの木(和名:ひとつばたご)」や将軍家光が鷹狩の途中休憩していたところ、江戸城から飛び去っていた遊女と云う名の愛鷹が飛んできてこの松に止まったたので将軍も大喜びで「遊女の松」と名付けたとのことだ。
f0233879_08123277.jpg
f0233879_08124245.jpg

で、外苑の西隣には、大型重機が立ち並んで「仮称:新国立競技場」の建設に慌ただしい。
f0233879_08125045.jpg
f0233879_08125534.jpg
内部はまだまだ基礎部分までであるが、平成31年11月までが工事期間と記載されていたな。


こちらは、かの日本海海戦でバルチック艦隊を破った東郷元帥を祀った「東郷神社」である。本殿にはZ旗が掲げられていて、「皇国の興廃此の一戦に在り、各員一層奮励努力せよ」の戦闘態勢が目に浮かぶな。

f0233879_08132141.jpg
f0233879_08132624.jpg

旧海軍と云うことで、「潜水艦勇士に捧ぐの碑」や、「海軍特年兵之碑」が建立されているのであるが、「潜水艦勇士に捧ぐの碑」は9月末まで工事中とのことで、お参り出来ずだ(下のは掲示写真である)。
f0233879_08133240.jpg
特年兵って、14~15才の今の中学生程度で軍艦に乗り込んでいたんだよね。
f0233879_08134025.jpg

東郷神社の側には、竹下通りだ。特年兵の年頃の少女がうんさかだ。ここまで人出が多いと、田舎者は尻込みです(爆)。竹下通りは早々に横切って進む。
f0233879_08165632.jpg


表参道を渡り、渋谷川へ。ここは暗渠になっているけれども、渋谷川に架かる「参道橋」の欄干である。
f0233879_08173471.jpg

キャットストリートと呼ばれている渋谷川の暗渠上を歩く。この辺りは江戸期は穏田村(おんでんむら)で、渋谷川に水車を懸けて精米や製粉が行われていた場所だ。
f0233879_17041127.jpg
f0233879_08181963.jpg

暗渠の渋谷川からこんな路地を通り少し上ると、穏田神社だ。
f0233879_17090609.jpg
今や住所表示も神宮前と変わり穏田の地名は残されていないが(1965消滅)、穏田村の産土神であった「穏田神社」がひっそりと残されているのが嬉しい。
f0233879_08183133.jpg
f0233879_17085230.jpg

最後は、かの明治神宮だ。ここは、江戸初期は肥後 加藤家の下屋敷で、後の彦根 井伊家の下屋敷だったところで、明治になり宮内省管轄となり代々木御苑と呼ばれた所だ。参道は長く左右は鬱蒼たる森だ。代々木の地名にもなった代々樅も多い。
f0233879_08200202.jpg
f0233879_08200824.jpg


参道途中にある「明治神宮御苑」へ。
f0233879_08201852.jpg


隔雲亭とその南に位置する南池である。隔雲亭は、明治天皇が皇后の為に建てたものであるが、戦火で焼失し昭和33年に再建されたものだ。
f0233879_08214518.jpg
f0233879_08202777.jpg
f0233879_08204089.jpg
f0233879_08212959.jpg


明治天皇が全国から収集したという菖蒲が植わっている菖蒲田。
f0233879_08215898.jpg
明治天皇が「うつせみの代々木の里はしづかにて 都のほかのここちこそすれ」と詠まれた杜であるな。

下屋敷を構えた加藤清正が掘ったと伝わる「清正井」である。今も実に綺麗な湧き水がコンコンと湧いているのだ。下流の菖蒲田と南池の水源とのことである。
f0233879_08220453.jpg
f0233879_08221080.jpg


明治神宮本殿へ。但し、銅板屋根葺き替えと社殿郡の修復工事中で本殿側までは立ち入れなかったのだ。
f0233879_08222269.jpg
f0233879_08224604.jpg

北参道も神域らしい風情だ。
f0233879_17323960.jpg
2度目の明治神宮であったが、神宮御苑は初体験。森閑とした風情は、確かに都のほかのここちこそすれであった。



[PR]

by Koppe3T | 2017-08-21 16:37 | ウォーキング・散策 | Comments(2)  

旧中山道「板橋宿」

先日「旧中山道板橋宿を歩く会」に参加してきた。


集合は、JR埼京線板橋駅。板橋駅は、実に昭和の風情が色濃く残る駅で、嬉しい駅舎だ。ただ、クレーン車や重機が取り囲んでおり、近々新しい駅に改装されそうだった。
f0233879_13435073.jpg
f0233879_13435713.jpg


駅前のロータリーの向かいにあるのが、新選組局長「近藤勇墓所」だ。
f0233879_13440854.jpg
慶応4年流山で捕えられ、板橋塾に置かれていた新政府の本陣で取り調べを受け、政府軍に在籍していた元新選組隊士に見破られ、板橋刑場で処刑されたのだ。
f0233879_13445275.jpg
近藤勇と土方歳三の両名の名が刻まれた墓標なのだ。明治9年、新選組生き残りの永倉新八によって建立されたとのことで、傍には、永倉新八の墓も。
f0233879_13450426.jpg

さて、旧中山道を板橋宿へ向かう。
f0233879_18061341.jpg
f0233879_18062159.jpg
首都高速を潜ると、板橋宿の「平尾宿」が見えてくる。板橋宿は、江戸方面から「平尾宿」・「仲宿」・「上宿」に分かれているのだ。
f0233879_18163302.jpg
f0233879_18163797.jpg


平尾宿入り口手前を、少し入った「東光寺」である。ここには、江戸幕府により八丈島流罪となった「宇喜多秀家の墓」がある。明治になって赦免され東京に戻った子孫が建立したものだ。墓には「秀家卿」の三文字だ。
f0233879_13465404.jpg
f0233879_13471077.jpg

板橋宿に入り、数分歩くと室町時代の暦応元年(1338)創建の「観明寺」だ。
f0233879_13473179.jpg



境内には、明治になり近くの加賀藩下屋敷から移築したと云う赤門だ。東大の赤門の小ぶり版に見えたな。
f0233879_17525129.jpg

そして、更に加賀藩下屋敷に祀られていて、明治になりここへ遷座されたと云う稲荷神社も残されているのだ。
f0233879_17524583.jpg

また、こちらは、江戸初期漢文元年(1661)造立の庚申塚で、都内最古とのことだ。
f0233879_13474605.jpg


街道を進むと、豪奢な唐波風の玄関を持つ銭湯「花の湯」だ。残念ながら、この3月30日付けで廃業の張り紙であった。
f0233879_13480607.jpg

そして、花の湯の脇道を10数メートル入ると、「板橋宿平尾脇本陣跡碑」だ。碑のみではあるが、江戸期ここに脇本陣があったと碑で残してくれているのは、有難いことだ。江戸期、この脇本陣は豊田家が当主であり、慶応4年流山で捕えられた近藤勇は、この豊田家脇本陣に幽閉されていたと云う。
f0233879_13483428.jpg

板橋宿の仲宿へ入る前に、「いたばし観光センター」で休憩タイム~~~。江戸期の街道の様子がよくわかる資料も展示だ。
f0233879_13491768.jpg
板橋の地名にもなった「板の橋」の白黒写真も残されていたな。
f0233879_13493362.jpg

さて、仲宿へ進む。
f0233879_13495750.jpg

江戸期は立馬馬・囲馬などのつなぎ場として賑わっていたと云う「遍照寺跡」である。明治になり廃寺となってしまい。境内は実に悲しい。
f0233879_08190382.jpg
f0233879_08191506.jpg


しばし進むと、スーパーライフが右手に見えてくる。このスーパーが板橋仲宿の本陣があった場所で、脇のブロック塀に隠れるように「板橋宿本陣跡」の碑のみだ。
f0233879_13511369.jpg



本陣跡の向かいには、宿場らしい和菓子屋さん「新月堂」。板橋にちなむ「いたばし最中」や 加賀下屋敷にちなんだ和菓子が楽しい。麩まんじゅうで一息~~~。
f0233879_08192406.jpg
f0233879_13522178.jpg

本陣跡のスーパーライフの裏手に向かうと、本陣飯田家の菩提寺でもある「文殊院」だ。飯田家代々の墓や宿場の「遊女の墓」が残されている。3本の墓石に何人もの遊女の名が刻まれているんだよな。
f0233879_13523779.jpg
f0233879_13524932.jpg


こちらは、仲宿脇本陣跡である。板橋仲宿の名主を務めた飯田家の屋敷跡だ。将軍家茂に降嫁する和宮が宿泊した脇本陣でもある。
f0233879_08330959.jpg

さて、板橋の地名の由来にもなった石神井川にかかる板橋である。往時は板の橋
だったのだが、今は木目調の欄干がついている。江戸から二里二十五町三十三間(10.642m)
f0233879_08420690.jpg
f0233879_08423215.jpg
f0233879_13535214.jpg


川岸は桜並木で、春には見事な桜を愛でることが出来るに違いない。
f0233879_13542293.jpg


板橋を渡ると「板橋上宿」だ。ここには、今でも信仰されている「悪縁は切ってくれるが良縁は結んでくれる」で有名な「縁切榎」だ。川柳「板橋へ三行半の礼詣り」でも有名だ。
f0233879_08491065.jpg
f0233879_08485670.jpg

今でも、このように榎の樹皮を切り取って持ち帰る人が後を絶たないらしい。
f0233879_08491987.jpg

これにて、板橋宿終了~~~~。今回も、案内ありがとうございました。








[PR]

by Koppe3T | 2017-07-19 09:45 | ウォーキング・散策 | Comments(2)  

上総中山周辺

先日、小雨の中上総中山周辺の散策会に参加してきた。

出発は、ここから~~~~
f0233879_20041018.jpg



早々に現れるのは、黒門と称される総門である。市指定有形文化財である。
f0233879_20044298.jpg

この参道脇には多くの古風な商店が並んでいるのだが、こちらの門は、市の施設で「トイレ休憩などご自由にお使いください。」とのことだ。実にお洒落である。
f0233879_20045345.jpg


で、赤門(仁王門とも)と称される山門である。実に壮大で、見惚れる。
f0233879_20050582.jpg


この山門を透かして望む石畳通りが何とも癒し系だった。
f0233879_20051296.jpg

石畳の両側には、多くの寺院が並んでいる。
f0233879_20052219.jpg


なれど、とあるの寺院の入り口には、「山内不幸」の立て札だ。この寺院の住職がお亡くなりになったことの公示とのことだ。
一般人には何か不吉に聞こえるが、説明を聞いて納得である。ご冥福をお祈りします。
f0233879_20090097.jpg


さて、国指定重要文化財の五重塔である。朱色が美しいのだが、元和5年(1622)の建立とのことだ。
f0233879_20053912.jpg


大祖師堂である。檜皮葺きのお寺さんは余り見かけないから新鮮である。国の重要文化財指定である。日蓮宗大本山正中山法華経寺は、鎌倉時代の日蓮聖人最初に教えを説き開いた寺院なのだ。
f0233879_20060249.jpg
f0233879_20060727.jpg

この角度からの五重塔が美しい。
f0233879_18514548.jpg


大祖師道の更に奥に本院があり江戸三大鬼子母神の一つとされた鬼子母神が祭ってある。
f0233879_20062312.jpg





更に回廊を潜って高台へ進むと、聖教殿だ。高名な立正安国論を始め日蓮聖人の御真筆、歓心本尊妙などの重要文化財を盗難・火災・虫害などから守るべく昭和6年に建設されたこのことだ。
f0233879_20063518.jpg
f0233879_20064615.jpg
f0233879_20065453.jpg


さらに竜王橋を渡った「竜王池」には、この時期らしい蓮池だ。蓮は天国のイメージだね。
f0233879_18515953.jpg
f0233879_20070135.jpg
f0233879_18464546.jpg


いちかわのHill方面の昔ながらの小路を進む。
f0233879_20085398.jpg
f0233879_20084175.jpg

そこには、市川をこよなく愛してアトリエにしていた東山魁夷記念館だ。魁夷曰く「戦後の代表作は、すべて市川の水で描かれています。」との通り、昭和20年から平成11年逝去するまでここに住んで画に勤しんだのだ。
f0233879_20074803.jpg
f0233879_20071367.jpg

この八角形の棟は、魁夷の留学致ドイツに想を得ていると云う。
f0233879_18481796.jpg
小さいながらも白樺が植えられた「KAIIの森」も、いい風情だ。

f0233879_20081432.jpg

残照」や「」が一般的であるが、私はこの「晴れゆく峰」(1998年)が気に入ったな。絵葉書を買い求めた。
f0233879_19101899.jpg

また、有名な「残照」は、私が良く無線で出かける君津市鹿野山の九十九谷の眺めがモチーフなのだ。これは、数年前出掛けた時の九十九谷の1枚である。確かに九十九谷展望台には、魁夷のことを紹介したパネルが立っていたな。
f0233879_19103124.jpg

打ち上げでは、珍品?「流氷ドラフト」なるブルーの網走ビールを頂きました.
実にフルーティな味で、おじさんには物足りない(笑)。
f0233879_20092842.jpg








[PR]

by Koppe3T | 2017-07-04 19:19 | ウォーキング・散策 | Comments(0)  

かつしか柴又散歩~

梅雨の晴れ間~~~の昨日は、葛飾・柴又の散歩に参加だった。
午前中は「水元公園」のコースから始まっていたのであるが、午前中は所要があり後半の部の柴又からの参加であった。


スタートは、最近「さくら像」が設置された、京成柴又駅から。
f0233879_16434453.jpg


寅さん像である。目線の先には、・・・・・。
f0233879_16442511.jpg

さくら像が、兄さんを心配そうにお出迎えだ。
f0233879_16522947.jpg

参道は、多くの観光客で大賑わいだ。
f0233879_16450295.jpg


早速、高木屋老舗で「草団子」~~~。
f0233879_16444788.jpg

映画「寅さん」で撮影に使われた「とらや」は、こちらだ
f0233879_16451237.jpg



柴又帝釈天の二天門が見えてきた。
f0233879_16455276.jpg

境内に入ると、帝釈堂と有名な瑞龍の松だ。この松は、天に昇る龍の姿なのだ。
f0233879_16460917.jpg


帝釈堂木彫りをじっくり見学だ。昭和4年に完成したという
木彫りで法華経を演説されているのだ。
f0233879_16475168.jpg
f0233879_16475944.jpg
f0233879_16484682.jpg
我が干支も凛々しい。
f0233879_16480628.jpg


回廊を渡って、大庭園へ。
f0233879_17080345.jpg


癒される庭園である。じっくり座り込んで見学させて頂いた。
f0233879_17083776.jpg
f0233879_17085471.jpg
f0233879_17090138.jpg


帝釈天を出ると、目の前にちびっ子寅さんだ。粋だねぇ~~。
f0233879_17093115.jpg

次の訪問先「山本亭」である。大正末から昭和初期の書院造と洋風建築を複合した貴重な文化財である。
f0233879_17103557.jpg
f0233879_17102166.jpg


赤毛氈をひいた廊下から望む主庭が素晴らしいのだ。三間ぶちぬきの和室からしばしの時間癒させてもらった。
f0233879_17281274.jpg
f0233879_17273290.jpg
f0233879_17284192.jpg
庭には、防空壕跡も残されていたな。
f0233879_17295634.jpg


こちらは、かの有名な映画「男はつらいよ」の寅さん記念館である。館内は、昭和一色である。
f0233879_17313655.jpg
f0233879_17314325.jpg
「馬鹿言っちゃいけねえよ。」の寅さんの声が聞こえてきそうなセットである。
f0233879_17315631.jpg
社長の印刷屋であるな。
f0233879_17323296.jpg


この伝言板使ったことあるかも(笑)
f0233879_17320094.jpg
昭和の列車はこんな網棚と垂直の背もたれ椅子が普通でしたね。
f0233879_17333180.jpg



中でも、明治32年から大正2年まで、金町~柴又間を走っていたという「人車」に大驚嘆だ。10人も乗れると云うのだが、一人で押せたんだろうねぇ(汗)。
f0233879_17362634.jpg
f0233879_17324181.jpg

時間がゆっくり流れていた「寅さん記念館」であった。
f0233879_17325331.jpg
で、こちらは「山田洋次ミュージアム」。
f0233879_17381822.jpg


やはり、この「幸せの黄色いハンカチ」がいいね。エンディングで
涙したな。
f0233879_17382794.jpg



「つれて逃げてよ~~~♪。ついておいでよ~~♪」で有名な「矢切の渡しだ。
f0233879_17383480.jpg
f0233879_17384164.jpg
f0233879_17390391.jpg
対岸は?の問いに、「市川市でしょう。」と答えてしまったけど、対岸は松戸市が正解ですね105.png



今回は、後半の散歩だけに参加だったけど、私には距離的にも丁度良かったな。
ありがとうございました。













[PR]

by Koppe3T | 2017-06-11 17:45 | ウォーキング・散策 | Comments(6)  

日野用水と日野宿散歩

昨日の土曜日は、武州日野の用水と甲州街道の宿場であった日野宿を巡る散歩に参加だ。
生憎の雨模様で、合羽も持参で集合地「JR日野駅」へ。


この日野駅は甲武鉄道の駅として明治23年に開業とのことだ。しかも、この駅舎は昭和12年竣工の入母屋屋根が何ともいい風情で、70年も経っていると云う。
f0233879_12423991.jpg
駅前には早速水量豊かな用水路だ。日野には北条時代から始まった全長100キロ以上の用水が今でも流れているんだよね。恵の川「多摩川・浅川」に挟まれた立地からの成せる業でもある。
f0233879_12424736.jpg


こちらは、現在はギャラリーカフェになっている「大屋」である。築120年で元々は米穀などを扱っていた荒物屋志村家。屋号が「大屋」である。
f0233879_12433076.jpg
日野と云えば、新撰組副長土方歳三の出身地で有名であるが、井上源三郎も八王子千人同心の3男で、近藤勇・土方歳三らとともに新撰組で名を上げた一人である。新撰組6番隊長を務めた井上源三郎記念館である。

f0233879_12440772.jpg

住宅街の一画に鎮座する「とんがらし地蔵」である。別名ヤンメ地蔵とも云われ、「目を患っている人が赤とうがらしをあげると御利益がある」とのことだ。
f0233879_12441488.jpg


さて、豊かな日野用水が道端を縦横に流れている一画である。水量もあるし、流れも速いのだ。

f0233879_12451957.jpg
直角に曲がって流れたり、
f0233879_12452598.jpg
こんな風に、用水を身近に感じて歩けたりしてしまうのだ。
f0233879_12445868.jpg



f0233879_13165327.jpg
上の写真は昭和年4頃の精進場付近で校外授業中の女組のこどもたちと、日野の田園風景である。一本の丸木橋が掛かっているし、みんなこの丸木橋を渡っていたんだろうなぁ。
f0233879_12455902.jpg



仲田の森蚕糸公園である。昭和3年開業の蚕糸試験場日野桑園跡である。園内には各種の桑の木が植わっているのだ。
f0233879_12461803.jpg
f0233879_12464867.jpg


そして、昭和7年建築の「桑ハウス」が残されている。明治期から日本輸出の重要物であった生糸の品質・生産の一大試験場であった場所である。
f0233879_12474175.jpg
f0233879_14012129.jpg

トイレタイムの合間に、抹茶ソフト~~~~~!!!これ、美味しかったな。
f0233879_14024353.jpg

明治期の鉄道建設に欠かせない煉瓦であるが、ここ日野にも明治
年に「日野煉瓦」が創業され、盛んに煉瓦が製造されていた。その煉瓦がはめ込まれた塀である。このレンガ工場は2年ほどで、廃業されたようだが、下の写真のように甲武鉄道の多摩川鉄橋などに使われたのだ。
f0233879_14080848.jpg
f0233879_14081746.jpg




日野宿健康長寿地蔵尊(けんころ地蔵)である。「健康で元気に長生き、患い無しでコロッと大往生を」願った地蔵さんである。
是非とも、ケンコロと逝きたいものである。
f0233879_14124048.jpg


新撰組のイケメン隊士からも応援のご挨拶だ。翌日は、
「ひの新撰組まつり」の日でもあり、市内は新撰組隊士の衣装の皆さんで盛り上がっているのだ。



f0233879_14132769.jpg


さて、日野宿である。1570年北条氏より屋敷割りが行われ、江戸期なり江戸幕府により整備された日本橋から約40キロの甲州街道の宿場である。多摩川の渡しの管理や荷物の継ぎ立て高札場など街道の重要な役割があったのである。
f0233879_14443978.jpg
f0233879_14234735.jpg
f0233879_14273758.jpg

日野本陣である。都内で唯一現存する本陣であり、文久3年(1863)に建てられたものだ。ここ日野宿は上佐藤家が本陣、下佐藤家が脇本陣を務めていたが、幕末には下佐藤家が優位になり、この現存する建物が「本陣」となったとのことだ。
f0233879_14155305.jpg
f0233879_14161755.jpg


お偉方しか上るこのの出来なかった式台である。
f0233879_14163211.jpg

仏間から納戸を望む。
f0233879_14170093.jpg


幕末この本陣の当主であった佐藤彦五郎は天然理心流の道場をこの地に開き、近藤勇・土方歳三らの新撰組に参加した志士を多く輩出したのだ。
f0233879_14453246.jpg



こちらは、明治26年に建造された有山家蔵で「旧日野銀行」である。当初は土蔵だったようであるが、関東大震災後、洋風に改修された建物である
f0233879_14175117.jpg





ここで、有村家の当主が営むカフェ「花豆」で、コーヒー・タイム~~~~。鬱蒼とした大木が林立する敷地の中のお家カフェ的な素敵な自宅カフェなのだ。落としたてのコーヒーは実に美味で、生憎に雨に濡れた身体を温めてくれたな。

f0233879_14180668.jpg
f0233879_14182770.jpg
f0233879_14181446.jpg


1602年大善寺開山の僧の隠棲所だった「大昌寺」。この梵鐘は日野宿の「時の鐘」であったのだ。陣屋の佐藤彦五郎もこのお寺に眠っている。

f0233879_14183844.jpg
f0233879_14184898.jpg
f0233879_14185512.jpg

明示初期の建築である「渡辺家住宅」である。当初は土蔵だったのであるが、関東大震災で被災し、昭和5年改修され大谷石での張石蔵の現在の姿になっている。
f0233879_14200011.jpg


八坂神社である。多摩川の洪水時、淵に怪光が現れ拾い上げると「牛頭天王の神像」だったとのことだ。その神像を祭った神社であり、600年以上の歴史ある神社である。天然理心流近藤周助門人により奉納された大小2本の木刀が架けられた額が有名だ。
f0233879_14212529.jpg
f0233879_14213021.jpg
f0233879_14203664.jpg



それにしても、流石に日野は用水が多く流れていて、多くの先人達が水利に多くの労力を継ぎこんでいたかが体感出来る町であった。
f0233879_16515907.jpg
f0233879_14194408.jpg


更に30分ほどお散歩コースは続いたようであるが、生憎の雨でスニーカー内はグジュグジュでトイレにも行きたく、一人離脱し打ち上げ会場へ。

その後、参加者全員も会場前へ。開店前に会場へ入ることも出来、予約時間のチャイムとともに打ち上げ~~~~101.png 料理も盛りだくさんだし、瓶ビールも美味しいし、話題も弾む楽しい打ち上げだったな。
姉さん、今回も素晴らしいコースの案内、ありがとうございました。
また、一緒に傘と合羽で歩いて頂いた皆様、お疲れ様でした。


[PR]

by Koppe3T | 2017-05-14 17:04 | ウォーキング・散策 | Comments(4)  

ロマンスカーで行く箱根ツアー②

箱根「木賀温泉」での夜が明けた。
f0233879_18141592.jpg
朝が早い私は6時前に目が覚め、早々に「露天風呂」へ。玄関から下駄に履き替え、沢沿いの小道を歩くのだ。
いいねえ~~~!、実に風情のある露天風呂が、早朝のヒンヤリ感のある沢の中に佇んでいた。周りは新緑が目に嬉しい。野鳥の声に、癒されながらの露天風呂だ。極楽極楽。たまたま、宿泊した土曜日のブラタモリは「箱根」だったんだよね。タモリ曰く、箱根は「地獄と極楽」なそうだ(笑)。


そして、朝食の時間だ。アジの干物が実に美味だ。朝からご飯が進み2杯も食べ終えたら、「朝がゆ」も出てきて、こちらもペロリと食べきった。朝から、あそこまで食べたのは何十年ぶりだろう(笑)。


食後は、腹ごなしの目的で木賀から二ノ平へ向かう山道にある「不動滝」まで散策だ。沢に架かる木橋を渡り、幅70センチほどの山道を行くと、瀧修行に持って来いの滝だ。
f0233879_18142895.jpg
f0233879_18143763.jpg

成田山のお不動様に似たお不動様が鎮座してると思いきや、成田山のお不動様を勧進したそうだ。
f0233879_18153868.jpg
帰路も険しい小路だ。
f0233879_18154555.jpg

さて、宮ノ下まで送迎車で送って頂き、箱根登山鉄道で下山だ。今日は、新型車両だ。
f0233879_18161230.jpg


下車したのは「風祭駅」。駅直結で「かまぼこの里 鈴廣」だ。かまぼこ博物館で蒲鉾が出来るまでの各種設備を見学し、本館でお土産お買い上げ~~~。且つ、箱根ビールで喉も潤しだ。この生ビールは味といい香りといい逸品だったな。
f0233879_18162161.jpg
f0233879_18164262.jpg
f0233879_18165990.jpg
f0233879_18170895.jpg

そうそう、鈴廣の向かいには、鯉のぼりならぬ鰯登り??。少々キモイな(笑)。
f0233879_18163025.jpg


で、小田原まで再度「箱根登山鉄道」で移動だ。小田原駅から目指すは「小田原城」だ。二の丸東堀が見えてきた。
f0233879_18174846.jpg

ここ小田原城址公園は、約40年ほど前に訪問したのは覚えているのであるが、こんなに整備されていなかった記憶なんだよな。
東堀から、天守閣へ向かう二の丸も広いし、小田原城の中で一番堅固に造られていたと云うこの常盤木門も実に豪快に立派に再建されていた。
f0233879_18181407.jpg
f0233879_18190981.jpg


常盤木門を潜ると本丸だ。天守閣が美しい。
f0233879_18191705.jpg
f0233879_18195606.jpg
天守閣内は5層になっていて、各階に北条氏の歴史や秀吉の小田原攻めの資料やパネル・動画で身動きも間々ならない混雑だ。外国人の多さも目立ったな。
で、最上階からの眺めが素晴らしい。南は相模湾。西は箱根外輪山や一夜城で有名な石垣山だ。
f0233879_18203975.jpg
f0233879_18211820.jpg
f0233879_18593371.jpg

天守閣を下りて、銅門(あかがねもん)へ。大扉が銅板・銅鋲で美しく装飾されていたな。
f0233879_18220424.jpg
で、食べ過ぎたお腹も散策でこなれてきたので、二日目もそば処「寿庵」で蕎麦を食べて帰路へ。
ここで、同行のKawasemi Koutuu Ryokousha社長他皆さまと挨拶をして、ロマンスカーへ。予約していたはこね24号展望席で一人旅だ。
f0233879_18224133.jpg
f0233879_18230386.jpg
初の「姉さん散歩」お泊り編の箱根ツアー!!!!企画運営ともにKawasemi Koutuusha Ryokousha
社長におんぶにだっこだったけど、宮ノ下の温泉始め箱根丸ごと楽しめて実に素晴らしいツアーだった。
感謝である。同行の皆様も、ありがとうございました。







[PR]

by Koppe3T | 2017-04-24 19:15 | ウォーキング・散策 | Comments(8)  

ロマンスカーで行く箱根ツアー①

この週末は、新宿集合でロマンスカーで行く箱根ツアーを堪能してきた。
企画・添乗はKKR(Kawasemi Koutu Ryokousha)の社長さんである。

行きのロマンスカーは先頭車両だ。列車が入線した時から一行のテンションは最高潮だ。私自身、ロマンスカーは初体験なのあだ。
f0233879_13425827.jpg
f0233879_13444154.jpg



右手に丹沢山塊の大山が見えてきた。この頃は、皆さんビールで大盛り上がり~~~
f0233879_13444705.jpg


箱根湯本駅着後は、江戸期はこんな風景の箱根街道だったという湯本温泉街を歩いて、川の袂にある「初花」へ。浄瑠璃で有名な貞女 初花物語ゆかりの「自然薯そば」のお店である。
f0233879_13452582.jpg
f0233879_13465674.jpg
f0233879_13470473.jpg
f0233879_13470723.jpg

さて、箱根登山鉄道へ乗車だ。これまた私には初体験の箱根登山鉄道である。これまたテンションはMAXだ。
途中3か所のスイッチバックがあり、いかに急峻な山を登っているかが体感できるのだ。
f0233879_13471271.jpg
車窓の下は、箱根駅伝で有名な国道1号線や、新緑が始まった箱根の山々が美しい。
f0233879_14140378.jpg
f0233879_13483771.jpg


登山鉄道で、「宮ノ下」駅に到着~~~~!
f0233879_13492368.jpg


ここから「トレッキング・シューズ」がお勧めであったトレッキングの開始だ。リーダーの歩みも心強い。
f0233879_14141479.jpg
トレッキングの後は、かの有名な「富士屋ホテル」見学だ。
明治11年(1878)創業のリゾートホテルで、かのチャップリンやジョン・レノン始め多くの著名人が滞在したことで有名だ。
f0233879_14142980.jpg
f0233879_14145193.jpg

館内の彫刻や絵画は実に素晴らしい。タイミング良く本館のメイン階段で、ウエディング姿の花嫁さんに遭遇だ。実に美しい。おめでとうございます。
f0233879_14150175.jpg
f0233879_14153682.jpg

また、周遊できる庭園も落ち着きがあるのだ。標高が高いので、東京周辺ではとっくに葉っぱだけの桜であるが、見事に桜も楽しめたな。
f0233879_14152931.jpg
f0233879_14151043.jpg
資料展示室では、先の天皇陛下(昭和天皇)が使われたという御座や、明治時代のゴルフクラブも展示されていた。このクラブ、ウッドは私でも何とか使えそうであるが、エッジ部がノコギリの歯みたいなウェッジは何時使うんだろう????。
f0233879_14160127.jpg

フロント近くにあったと云う「NINETEENTH HOLE」である。仙石ゴルフコースでラウンドの後、ここで、19番ホールのゴルフ談義に花が咲いたんだろうな~~~。
f0233879_14383313.jpg
さて、当初はこの後、更に登山鉄道で強羅へ向かい、ケーブルカー・ロープウェイを乗り継いで大涌谷で「黒たまご」を食べる予定であったのだが、本日はロープウェイが運行されていないとのことで、芦ノ湖湖畔元箱根へバスで移動だ。今回は新宿からの「箱根フリーパス」で来ているので、登山鉄道もケーブルもロープウェイも芦ノ湖の海賊船も乗り放題と云うのが行動自由度が高く嬉しい。
f0233879_14173141.jpg

元箱根では、有名な「箱根神社」へお参りだ。
f0233879_14510668.jpg
f0233879_14170537.jpg
f0233879_14165442.jpg

湖畔の水中に立つ鳥居が美しいのだ。
f0233879_14500974.jpg


で、海賊船で「桃源台」へ。私には、この海賊船も初体験なのだ。
f0233879_14174809.jpg
船内は、YOU(外国人)が実に多く、無料席はあっと云う間に満席だ。で、船内をウロウロ~~~。お気に入りは、やはり操舵室だな。後ろ姿のキャプテン、カッコいい。
f0233879_14581415.jpg

f0233879_14175423.jpg
少々雨も降り出したけど、桃源台着く頃にが上がり、ロープウェイの運行も再開したとの情報で、「大涌谷」へ。日帰りのお二人はバスで湯本に戻るというので、お別れだ。ロープウェイも乗って楽しい。
f0233879_14181434.jpg


が、大涌谷に着いて噴煙を見学後、早雲山へ向かうロープウェイに乗り込む寸前!!!、次の箱が来たら最初に乗れる位置に待っていたのだが、「ガス濃度が高く運行中止」に。オー、マイガッ!!!である。
f0233879_14582941.jpg
f0233879_14584381.jpg
f0233879_14585090.jpg

そこは、乗れば乗るほどお得な「箱根フリーパス」の強みで、桃源台へ戻りバスで仙石経由で「宮ノ下」へ。宮ノ下では、お宿の支配人自らのお出迎えもあり、送迎者で有りがたくお宿へ。宿は、木賀温泉地域の一画にあるのだが、このお宿のエントランスの坂は、とある車はバック・ギアで登れなかったと云うほどの急坂なのだ。確かに徒歩では難儀な急な坂だった。
f0233879_14591499.jpg
ハプニングもあったけれども、実に盛りだくさんな内容で楽しい箱根ツアー一日目であった。温泉入り、支配人差し入れの「舟盛り」まで付いた豪華な夕食に舌鼓を打って、更に温泉に浸かり、添乗社長の部屋でこれまた美酒に酔いしれ夜も更けていくのであった。

<②へ続く>


[PR]

by Koppe3T | 2017-04-24 15:30 | ウォーキング・散策 | Comments(8)  

ウォーキングは素晴らしい

ウォーキングは、やはり素晴らしいことらしい。歩きましょ、歩きまひょ。一日一万歩!!!


f0233879_19245521.jpg
以下のURLを、ポチッとね。
http://www.msn.com/ja-jp/money/other/%EF%BD%A2%E6%AD%A9%E3%81%8F%EF%BD%A3%E3%81%8C%E3%81%A9%E3%82%8C%E3%81%A0%E3%81%91%E4%BD%93%E3%81%AB%E5%8A%B9%E3%81%8F%E3%81%8B%E7%9F%A5%E3%81%A3%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%81%8B-%E3%81%93%E3%81%AE%E8%98%8A%E8%93%84100%E7%AB%A0%E3%81%AF%E6%80%9D%E3%82%8F%E3%81%9A%E4%BA%BA%E3%81%AB%E8%A9%B1%E3%81%97%E3%81%9F%E3%81%8F%E3%81%AA%E3%82%8B/ar-BBz8WDf#page=2




[PR]

by Koppe3T | 2017-04-06 19:33 | ウォーキング・散策 | Comments(0)