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浮間船渡~志村坂上

先週の週末は、姉さん散歩に参加してきた。

出発は、埼京線の浮間舟渡駅からだ。

浮間舟渡駅のすぐ前に広がる「浮間公園」である。荒川が大きく蛇行していた頃の川を「浮間が池」として、そのまま残した美しい公園である。

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公園内のオレンジ色の秋桜が綺麗だ。

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突き当りの土手を登ると、ご存じ「荒川」である。先月は「荒川ロック・ゲート」の歴史散策もしたのであるので、荒川繋がりのお散歩コースである点も楽しい。対岸は埼玉県戸田市である。河川敷の赤羽ゴルフ倶楽部をラウンドするゴルファーを眺めながら、金八先生よろしく、荒川の土手散策である。

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浮間の住宅街を歩くと、「水塚(みずかor みずづか)」と呼ばれる平面から数十センチから数メートル盛り土し、その上に住居を建てているお宅が散見される。こちらのお宅は、2mほどの石垣の上にお宅を建てておられた。この地域が昔から洪水に悩まされてきたことへの生活の知恵の一つなのだ。

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浮間が池がまだ旧荒川だった頃の地図が残っていた。昭和3年には、荒川の新流路が完成し、今の浮間が池や新河岸川が三日月湖よろしく取り残されていたんだよね。

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住宅街の片隅には、ひょっこりお地蔵さまだ。浮間村の北のはずれに北向き立てられたお地蔵さま。悪霊が村に入らないように結界の役目を果たしていたんだろうね。中央の地蔵菩薩立像は、享保6年(1721)の建立とのことだ。その後ろの板碑は月待夜講の記念供養塔で部文明16年(1484)の造営と云う。応仁の乱が終わり、戦国時代の始まりの頃なんだよね。

板碑進行が盛んな室町時代ならではの重要な資料である。

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更に散策すると、「かさや地蔵」である。傘屋と云う屋号の前に建てられたので傘屋庚申とも云う。裏には延享3年(延享は、17441748年、江戸中期である)の文字が刻まれていた。

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浮間水再生センター(昔は、下水処理場と云ってたな)では、水再生の仕組みを社会科勉強だ。下水のマンホールに穴が開いていて、オーバーフローした水を逃がすことなども学習したのであった。

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江戸期から昭和3年まで供用されていた荒川の浮間渡船場跡である。西国・秩父・坂東・四国八十八か所の供養塔や馬頭観音座像供養塔、庚申待供養塔、水神宮石祠が建っている。

それぞれ、文化十年(1803)や文政元年(1818)の建立年月が刻まれていた。

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浮間から対岸の小豆沢を眺めた新河岸川である。この新河岸川は、この辺りは隅田川と記されている地図もあるが、遥か上流は川越まで繋がており、江戸期は川越-江戸間の大動脈であった川である。

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新河岸川を渡ると、小豆沢河岸の面影を語る旧荒川(現新河岸川の大正から昭和の頃の写真が掲示されていた。

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で、小豆澤神社がある丘への階段である。結構な急坂なのだ。

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登り切ると、「小豆澤神社」だ。小豆澤神社は、康平年間(10581065)、源の義家の勧進と伝えられているから、義家が奥州征伐へ出向いた時に勧進したものであろう。江戸期は、小豆沢村の鎮守であったという古刹である。

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薬王山龍福寺である。室町幕府の頃袋村(現赤羽)の僧運珍が隠居寺として創建したのに始まるという真言宗智山派のお寺さんだ。秘仏「薬師如来」が祀られているとのことだ。

境内には、実に大きな板碑が残されていた。1枚などは、高さ1.51.6mほどもあり、今まで見た板碑の中では一番大きいものであった。それには、慶長七年と刻まれていたな。

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ここで、小豆沢のドイツ国旗を掲げたケーキ屋さんで、ロールを買い求め皆さんで分け合って食べたんだよね。チョコとクリームがマッチしてとても美味しく頂きました。こんなこともあろうと、人数分の箸と紙皿を持参してくれていたMさん、心遣いに感謝である。おやつ奉行就任おめでとうございます。

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こちらは、中山道沿いの薬師の泉庭園だ。江戸名所図会にも描かれていいる大善寺の庭園である。泉にはこんこんと泉が湧いていたな。

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中山道時代の清水坂である。江戸を出て最初の難所だったと云うの頷ける急坂であった。しかも、ヘアピン・カーブ的につづら折りになっているのだ。坂の所々に埋め込まれている版画が当時を思い忍ばせてくれるのが嬉しい。

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志村坂上には、「志村の一里塚」が道の両側に昔の面影そのままに残されていた。日本橋から3番目の一里塚とのことだ。

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その一里塚のたもとには、明治22年創業の荒物屋が残っている。昭和8年築の腰板張の日本家屋が大変懐かしい。

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打ち上げは、お好み焼き屋さんで、ワイガヤ楽しいひと時を過ごさせてもらった。

今回も、楽しいコースを案内していただき、ありがとうございました。

また一緒に楽しく歩いてくださった参加の皆様もありがとうございました。

また、次回もどうぞ宜しくお願いいたします。


by Koppe3T | 2015-10-05 14:55 | ウォーキング・散策 | Comments(4)  

Commented by おやつ奉行 at 2015-10-06 00:12 x
過日はお疲れ様でした。お弁当に付いてくる箸を持って行っただけでお誉めに預かり光栄です。
次回は秋なのに佐倉、楽しみです!ウッシッシ
オヤジギャグコッペJr より
Commented by 姉さん at 2015-10-06 09:14 x
先日の散歩の詳細ブログ、ありがとうございます。
私は小豆澤神社のたたずまいと人が少ないけどいいところ満載なこのコースが大好きなんです。

秋なのに佐倉ってキレッキレのおやじギャグ連発のおやつ奉行さんの荷物が今後も増えそうで(笑)
Commented by Koppe3T at 2015-10-06 13:55
おやつ奉行殿>

先日は、箸やらお皿持参でのお散歩、お疲れ様でした。

拙いおやじギャグ、お耳汚しだったかもで、大変かたじけない。
次回は桜の樹は沢山あるサクラですね~~~。おやつ奉行!!!、よろしくお願いします(笑)。
Commented by Koppe3T at 2015-10-06 13:58
姉さん>

土曜日は、実に興味深いコースの案内、ありがとうございました。
旧荒川周辺のこと、小豆澤のこと、そして旧中山道の難所・清水坂や道の両側に残っている一里塚と、感激するばかりの内容でした。

次回・次々回もどうぞよろしくお願いいたします。

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