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品川宿の路地巡り~~~

土曜日は、東海道の一つ目の宿「品川宿」周辺の散歩に参加してきた。出発は、京急・青物横丁だ。


まずは、駅に隣接した曹洞宗の「海雲寺」~~。火の神水の神さらに台所の神として有名な千躰荒神が祀られている。1251年大覚禅師が開いたと云う古刹である。

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信徒による奉納と云う堂内の扁額が素晴らしい。
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品川寺(ほんせんじ)。大同年間(806810)と云うから平安京に都が遷都早々の時代の開創だ。

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江戸六地蔵の一つで、街道沿いの江戸の入り口に旅の安全を祈って18世紀の初めに安置されたもののひとつだ。都の有形文化財である。

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品川寺の鐘楼にある「洋行帰りの鐘」である。1657年製造であるが、幕末の1867年のパリ万博もしくは1871年のウィーン万博の際持ち出されたのであるが、行方不明になっていたが、国際連盟第一回総会に出席の代表団がジュネーブの博物館にあるのを聞き、1930年に返還されたと云う。所謂、「洋行帰りの鐘」である。

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いかにも苔むした「諏訪神社」。

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で、少し裏道を歩くと、トタン塀のお家だ。昭和の風情が懐かしい。

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法華宗天妙國寺である。日蓮の直弟子が1285年に開いた法華宗のお寺さんである。

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五重塔もあったとのことだが。こちらがお散歩愛好者が見つけたと云う五重塔の礎石がこれだ。
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東海道品川宿の通りである。震災で被災しなかったので当時の道幅で残っているのが嬉しい。

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1779
年(寛政年間)創業の老舗畳屋さん「畳松岡」さんである。

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明治27年創業の「富田屋工業所」。井戸ポンプや水道の老舗である。

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旧東海道から江戸湾方向へ1015mほど下ると石垣が。江戸期の海岸線の石垣が残っているのだ。

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目黒川に架かる品川橋。ここが北品川宿と南品川宿の境である。ただし、江戸期の目黒川が更に100mほど江戸寄りを流れていた。。
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荏原神社709年(または824年~834年)頃の創建と伝わる南品川の総鎮守である。目黒川の手前からの境内と橋が綺麗だ。狛犬も可愛いし、屋根から覗くがリアルである。
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境内の河津桜も満開だったな。

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猟師町の鎮守である「寄木神社」である。日本武尊の東征時、浦賀水道が荒れ妃の弟橘姫が犠牲として入水して船を進めることができたのだが、後に船の一部が漂着したのを祀ったのが始まりと伝わる。狛犬の頭部の窪みが実に珍しい。祭礼使ったとか、この窪みに蝋燭を立てて目印にしたとの伝えもある。

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品川宿本陣跡で、聖蹟公園となっている。明治になり天皇が京都から東京へ行幸する際も行在所となり、聖蹟公園として残されているのだ。

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利田神社(かがた)である。目黒川の砂州の先端に沢庵和尚が東海寺の鬼門の地として弁財天を祀ったのは始まりとのことだ。また寛政十年(1798)暴風雨で品川沖に迷い込んで品川浦の漁師達により捕らえられた鯨の供養碑である。体長は約16.5m高さ2mの大鯨で、江戸中の評判となり、ついには11代将軍家斉(いえなり)が浜御殿(現、浜離宮恩賜庭園)で上覧するという騒ぎになったと云う。その鯨の骨を埋めたのがこの鯨塚である。

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鯨塚そばの道路を、マリオ・カートの集団You達が楽しそうにツーリングだった。カメラを向けると陽気にVサインで応じてくれた。これ、1度は乗ってみたいものである。

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さて、路地散策である。こんな路地を登り旧東海道へ。

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旧東海道沿いに残る「土蔵相模跡の碑」である。文久3年の長州藩士である高杉晋作や久坂玄随らによる御殿山に建設中だった英国公使館の焼き討ち事件は、この土蔵相模で気勢を上げて向かったというのは有名な話である。

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星野金物店である。銅板の緑青が何とも言えないね。

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善福寺である。1294年開創。安政の地震で崩壊後に建てられた土蔵で、壁面には伊豆長八の鏝絵が残っているが、長年の風雨で剥離が激しいのが悲しい。

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臨海山法善寺である。1384年開祖で、天保の大飢饉の餓死者を祀った碑や御殿山から掘り出された板碑などが残されている。

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江戸期の小泉長屋の風情を今に残す路地で、未だに井戸が残っており、漕ぐと水も出るポンプの現役なんだよね。

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旧東海道沿いの履物の老舗「丸屋」さんだ。赤い花尾のじょじょ(草履)などもこのようなお店で求めたいものである。

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品川神社である。文治3年(1189)、源頼朝が安房国洲崎明神を勧請して海上安全を祈願したのが創始とのことで、かの家康も関ケ原出陣の時に祈願し、以後徳川家の庇護を受けた神社である。

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阿那稲荷社への鳥居だ。この奥の「霊水」は霊験あらたかとのことで、お札やコインを霊水で洗う参拝客で一杯だ。

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境内の裏手には、土佐出身の「板垣死すとも自由は死せず」の名言で有名な板垣退助とその一家のお墓が残されている。

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1638
年に3代将軍家光が沢庵和尚を招いて開山した「東海寺」の世尊殿である。1930年の築である。

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東海寺は江戸期は広大な寺域であったが、今では東海道新幹線や山手線が旧お寺域を縦断していたり、旧品川県の県庁後の小学校が建っていたりと当時の1/10以下程度とのことだ。

当時の東海寺の墓地エリアに残る沢庵和尚の墓所である。家光に供した漬物(貯え漬け)を家光が気に入り「沢庵漬け」と命名した沢庵が有名だ。

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同じ墓地エリアには、かの島倉千代子さんの墓所も生花に飾られて輝いていた。

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こちらは、日本の鉄道の父と云われる長州出身で藩費で井上馨や伊藤博文らとともにイギリスへ留学しロンドン大学を卒業し、日本の鉄道開業に尽力した井上勝氏の墓所である。

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今回も姉さんの古刹と路地を巧みに縫うように進むコースは、飽きることのないコースだったな。

ありがとうございました。


by Koppe3T | 2016-02-08 19:33 | ウォーキング・散策 | Comments(8)  

Commented by 姉さん at 2016-02-08 20:13 x
皆さんがよく行かれる品川をあえてやるのは勇気がいりますが、調べていても次々と発見があり楽しかったです。
井戸巡りはぜひ皆さんと行きたかったです。いつかはなくなっていまうかもしれない、でもあるうちに行きたいという切実な気持ちでした。駆け足の散歩になりましたがありがとうございました。次回の羽田は地元小話をぜひお願いいたします!
Commented by デゴイチ at 2016-02-08 20:25 x
品川神社の鳥居が佐倉の堀田家が寄進したというのは驚きました。
佐倉と品川が繋がって歴史は面白いと感じました。
Commented by DEMIO at 2016-02-08 20:51 x
いろんなサプライズが有る姉散歩は、いつ参加しても楽しいですねぇ!
それに兄さんの板垣の四人の妻の話は、決して教科書にも学校でも教えてくれない興味深い話でした。
それにキャッブの空いていないお酒を注ぐギャグは何度思い出しても可笑しかった。楽しいサークルの一員として出来るだけ参加したいものです。
Commented by Ms.hotwhisky at 2016-02-09 07:35 x
品川は全く初めてではないにしろ、たったひと駅の間に右に左にと、
駆け足で4時間歩いてもまだ余りある歴史溢れる散歩道には驚くばかり~、佐倉から繋がってるのには嬉しい限りでした。
着いて行くだけでふうっで、聞き逃した所が随分あり、写真と分かり易い説明有難うございました。
いつかは皆様を当屋形船にご招待したいものですぅ~(笑)
途中寄った200年の老舗の和菓子屋のご主人の日本一美味しい!餡こ
ご自慢の田舎まんじゅう~「一個でいいの?」はびっくりぽん!でしたが、有名台詞のようです。
新婚さんいらっしゃい!は微笑ましく、お幸せに!
蓋をしたまま焼酎ボトルを注ごうとした変な叔母さんは足の調子も良く楽しい1日でした。
お疲れ様でした。
Commented by Koppe3T at 2016-02-09 13:35
姉さん>

旧東海道のみでない路地の散歩は、この先に何があるのかな~?通り抜けれるの???と興味深々でした。
ワクワク感の高いコースの案内、ありがとうございました。
次回のHNDも楽しみです。
Commented by Koppe3T at 2016-02-09 13:37
デゴイチさん>

品川神社や東海寺で佐倉の堀田氏の名前が聞けるとは思いませんでした。
繋がっていますね~~~~。
Commented by Koppe3T at 2016-02-09 13:41
Ms.hotwhiskyさん>

土曜日はお疲れ様でした。
路地散歩は楽しかったですね。
そうそう、〇井丸の写真取り忘れてました(笑)。

私は、2回もキャップ付いてるのに注ごうとしてましたよ~~(爆)。
Commented by Koppe3T at 2016-02-09 13:45
DEMIOさん>

兄さんの乾退助に対する思い入れが伝わる説明でしたね。
キャップ付きは、ギャグではなくマジなところが悲しい(爆)。。しかも2回も(笑)。

また、次回どうぞどうぞよろしくお願いします。
ビックリ・デミオ・ポン(笑)

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