季節の風物詩が残る根岸と入谷の周辺散歩

先週は、外気温が35℃になるかもの予報の中、根岸と入谷周辺を歩いてきた。

根岸や入谷は、江戸の下町のイメージが強いけど、まずは長享元年(1487)創建の日蓮宗の寺院「善性寺」である。徳川6代将軍家宣の生母長昌院が葬られおり、将軍家ゆかりのお寺さんとのことだ。
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そして、根岸と云えば「どうもすいません~~~、三平です。」の有名な林家三平の地元なのだ。
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住宅街の一画にひっそりと「ねぎし三平堂」だ。外観は普通の住宅っぽいのだが、内部は三平師匠の博物館なのだ。
高座も設置されており、月に1回は落語会が開演されるとのことだ。
懐かしく昭和のお笑いを思い出させて貰った。


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高座で三平師匠がお出迎えだ。
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三平師匠の仕事机である。
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更に、根岸には有名な正岡子規の「子規庵」が残されているのだ。
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明治27年から亡くなる明治35年までの8年半をこの子規庵で闘病・文学の情報発信をした庵である。明治期の多くの俳人・歌人が集まり句会や歌会、文学談義が行われたところだ。昭和20年の戦災で焼失してしまったのだが、25年にほほ当時の姿に再建され、都の指定史跡になっている。
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「をと、ひの へちまの水も 取らざりき」
「糸瓜咲て 痰のつまりし 佛かな」
「痰一斗 糸瓜の水も 間にあはず」
正岡子規絶筆三区である。
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庭には鶏頭やへちまが当時のままに植えられていて、座敷からの眺めが心を元気にしてくれる場所であった。
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ここ根岸は江戸時代からウグイスが多いことから「初音の里」と呼ばれていた。子規も「雀より 鶯多き 根岸かな」と詠んでいる。



さて、老舗豆腐店の「笹乃雪」である。寛永寺門主が「笹の葉に降り積む雪の如し」と絶賛したことが由来なのだ。プライベートで訪れたいものである。
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うぐいす通り(御行の松通り)へ入ると、寺町の風情が漂う。
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「根岸小学校発祥の地」のお寺さんだ。




初代の松は、根岸の大松と親しまれ、「江戸名所図絵」や歌川広重の錦絵に描かれた「御行の松」である。昭和51年に植えられた3
代目の松とのことだ。

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初代の大松も、しっかり保存されているんだよな。
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子規も「薄緑 お行の松は 霞けり」と詠んでいるのだ。



柳並木が情緒たっぷりな「柳通り」である。大正から昭和初期には根岸花街の中心地だったと云う。
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更に毎年11月の酉の日に行われる「酉の市」で有名な、「鷲神社」である。縁起物の熊手が有名なのだ。
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語呂合わせ「おそれ入谷の鬼子母神」で有名な真源寺(入谷鬼子母神)である。万治2年(1659)に日融上人が開いたお寺さんである。
七福神の福禄寿を祀っている。
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実は7月中旬なら梅雨明け前と判断してエントリーしていたのだが、まさかの6月末に「梅雨明け」しており想定外に暑い夏の日であった。そんなに長い距離ではなかったので完歩は出来たのだが、私には夏の日中散歩は控えた方がよさそうだ。今回も案内、ありがとうございました。




by Koppe3T | 2018-07-16 14:45 | ウォーキング・散策 | Comments(0)  

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