人気ブログランキング |

四ツ谷から江戸城外堀に沿って虎ノ門まで

先週の土曜日は、今年最後の姉さん歩で「四ツ谷から江戸城外堀に沿って虎ノ門まで」の優雅なお散歩に参加だった。
出発は、JR四ツ谷駅赤坂口から。四ツ谷と「ツ」が入る書き方に味噌があるのだ。
f0233879_14511268.jpg

駅自体は外堀の中にあるので、結構低い位置にホームがあるのだ。向かいの土手が外堀の名残であるが、土手の高さがかなり高いのだ。
f0233879_14535866.jpg

さて、四ツ谷と云えば「四ツ谷見附」として有名な「四ツ谷御門」あった場所で、甲州街道からの」敵に備えた場所でもあった。明治5年に門は撤去されたのではあるが、石垣が残されており往時を偲ぶことが出来る。
f0233879_14541761.jpg
大正12年(1913)設立の上智大学内にある、聖イグナチウス教会である。なお、上智大学は、尾張徳川家の中屋敷だったところである。
f0233879_14542499.jpg

明治27年、甲武鉄道開通に当たり掘削さてた「御所隧道」の入り口」部である。
今も使われており、手前がJR中央線で奥が地下鉄南北線である。更に奥に江戸期の外堀(真田堀)が遠望できる。
f0233879_14542896.jpg

さて、今回のメインのひとつでもある「迎賓館」である。江戸期は紀州徳川家の中屋敷だった場所であるが、明治6年から21年は仮御所でもあったところである。
明治32年から東宮御所として建造されたのので、戦後昭和49年に改修され「迎賓館」として運用されているのだ。正門、本館、噴水池が国宝である。


バロック様式の外観と噴水が美しい。
f0233879_14544109.jpg
f0233879_14550095.jpg
外部はバッキンガム宮殿を模したと云うことだが、塔の上には甲冑を纏った武者がいるのだ。西洋では騎士なのだそうだ。
f0233879_14550345.jpg
f0233879_14550798.jpg
f0233879_14551592.jpg

旧紀伊徳川家中屋敷(現迎賓館)を右手に紀伊國坂を下って食違御門へ。
この坂の右手は、江戸期の正面玄関で、明治期仮御所として使われていた頃の正面の門である。大久保利通や岩倉具視もこの御門を使用していたんだよな。
f0233879_14551946.jpg


さて、食違見附へ向かうと、左手にかの真田真之(信州松代藩)が筆頭担当で1636年開削されたと云う「真田濠」である。いまは、上智大のグランド及び地下鉄の四ツ谷駅になっている。
往時は防備上の戦略で、直角にクランクしていた見附であるが、現在は緩やかなS字カーブの道路になっている。
f0233879_14553564.jpg
f0233879_14552842.jpg
南側は弁慶濠だ。濠の右に首都高が見えるのであるが、よく走る道ではある。こちらから眺めるのは初めてである。
f0233879_14553297.jpg

さて、彦根井伊家の中屋敷だった場所に建つ「ホテル・ニューオータニ」である。
明治期は伏見宮亭だったのであるが、戦後鉄鋼王よ呼ばれた大谷氏が外国資本をきらい買収し、東京オリンピックに向けて開業したホテルなのだ。
f0233879_16250170.jpg

敷地は、彦根井伊家の敷地だったことを紀念するものが多く残されている。
f0233879_16251265.jpg
f0233879_16260324.jpg
f0233879_16261089.jpg
「紀尾井坂」である。紀州徳川家、尾張徳川家、彦根井伊家3家の隣接する坂であり、紀尾井坂よ呼ばれ、明治になり町名も紀尾井町となったのだ。
f0233879_16274519.jpg
f0233879_16274871.jpg




江戸期から清水が湧き出ていたので「清水谷」と呼ばれていた場所で、今は清水谷公園として開放されている。
f0233879_18084499.jpg

この清水谷通りで、かの大久保利通が明治11年g5月14日仮御所だった赤坂御所へ向かう途上元加賀藩士ら惨殺された場所でもある。公園内に哀悼碑が建立されている。
f0233879_18084838.jpg

園内は実に見事な銀杏や紅葉が素晴らしい紅葉を見せてくれていた。また、江戸期の水道の石升も展示されており、江戸期のインフラの凄さを見せてくれてもいる。


f0233879_18085695.jpg
f0233879_18090545.jpg
f0233879_18091494.jpg

李王家邸である。「李王」の称号で日本皇族となった27代李王朝27代純宗の弟君の邸宅である。屋内のステンドグラスも美しい。
f0233879_18091994.jpg
f0233879_18092438.jpg
f0233879_18095799.jpg

赤坂見附の赤坂御門跡である。赤坂御門は寛政13年(1636)福岡藩黒田忠之が築いた門である。往時の写真が残っているのだが、かなり高い位置に門があったのだ。
f0233879_18192357.jpg
f0233879_19214525.jpg


また、赤坂門左右の外堀の石垣が美しいのだ。積石には各藩のマークが刻まれているのだ。
f0233879_18192757.jpg
f0233879_18193263.jpg
明治22年に神田の藍染河の弁慶橋を移設して架けられた「弁慶橋」である。
f0233879_19290639.jpg
f0233879_19290955.jpg
弁慶橋から弁慶濠の向こうに赤坂御門を望む



さて、こちらは「三べ坂」と呼ばれる坂である。江戸期、岡部、阿部、渡辺の3旗本の屋敷があり3人の「べ」が付いた屋敷があったにおで「三へ坂」なのだ。
写真のクランクは江戸期のままのクランクで今も残っているのが嬉しい。

この辺りは、国会議事堂の裏手に当たり、写真の左に3棟写り込んでいるのは「衆参の議員会館である。
f0233879_19292056.jpg


山王日枝神社である。鳥居の上に屋根(破風)が乗っている珍しいと鳥居なのだ。
f0233879_19295937.jpg
f0233879_19300225.jpg


今は完全に埋め立てられてしまったのであるが、江戸期は溜池で、井戸の町々の飲料水につかわれていた溜池跡である。
f0233879_19300550.jpg


最後は、江戸城外堀のひとつである虎ノ門の外堀石垣が修復されているエリアである。
f0233879_19302057.jpg
さて、これでお散歩は終了だ。姉さん歩では記録の23名の参加者で引率も大変だったことと推察です。私的には最後まで歩き通せて良かったな。


打ち上げは中華屋さん!!。飲み放題・食べ放題の中華は実に多彩で美味しくいただきました。姉さん、今回も素敵なコース案内ありがとうございました。また、一緒に歩いて頂いた皆様、ありがとうございました。





by Koppe3T | 2018-12-09 19:48 | ウォーキング・散策 | Comments(6)  

Commented by ねえさん at 2018-12-10 12:52 x
コッぺさん詳細報告ありがとうございます。
思いの外、真っ赤に色づいた紅葉も見られてよかったです。
起伏の多い地域で、休憩もちゃんと取れず大変でしたが、最後まで歩いて下さりありがとうございました。
Commented by Koppe3T at 2018-12-10 13:49
姉さん>

江戸の大大名の屋敷が多くあったエリアは、道も当時を思い起こされるほどにしっかり残っていますし、現代でも二本刺しで歩いても違和感ない感がありました。

少しでも休憩をとって頂き、甘いもも食すことができましたので、最後まで歩けてほんと良かったです。
素敵なエリアの案内、ありがとうございました。
Commented by ポール at 2018-12-10 17:44 x
土曜日はご一緒できて楽しい散歩となりました。
ありがとうございました。

来年も宜しく御願い致します。
ネコちゃん達にもヨロシクです。

P.S.
「綱坂」の記事、拝見しました。
本当に昔の写真と同じ構図ですね!
コッペさんの興奮も、さもありなんです(笑)
Commented by Koppe3T at 2018-12-10 19:36
ボール殿>

こちらこそ、江戸の一等地の楽しいお散歩をご一緒できて嬉しく思います。

綱坂では、狂わんばかりに興奮してまして、かたじけないことでした。

今年も楽しいお散歩をご一緒出来て感謝です。来年もどうぞよろしくお願いいたします。
Commented by one of shitsureisis at 2018-12-12 18:18 x
土曜日はお天気に恵まれて良かったですね。
知らない所もいっぱい案内してもらい、久し振りに完歩出来、素晴らしい紅葉も見れてIKKOさんにも会えて楽しいお散歩でした。
お疲れ様でした。
Commented by Koppe3T at 2018-12-12 19:30
one of shitsureisisさん>

天気にも恵まれ、迎賓館はじめ紀尾井坂や赤坂御門など見所満載で感激でした。ハプニングのIKKOさん、にこやかに一礼して素敵でしたね。

お疲れさまでした。

<< 冷たい雨の「香取カントリークラブ」 濃霧激しい、「おかだいらGL」 >>