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2013年 05月 19日 ( 1 )

 

お散歩日和~志茂・赤羽

好天に恵まれた昨日は、「お散歩教室」の「志茂~赤羽」に参加だった。

まずは、志茂駅に集合し挨拶の後、スタート。

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志茂銀座・・・???、昔々はここいらの往還で賑わったのであろう道幅の「銀座」ですか~~??的な商店会の一画に祀られている「橋戸の子育て地蔵尊」である。ここで、志茂はその昔岩淵本宿の川下の村で「下村」と呼ばれていたことを知る。

西蓮寺の7体のお地蔵さん。
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西蓮寺は弘安年間と云うから鎌倉時代の開創である。境内には、板碑が数多く残されている。
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鎌倉時代から江戸時代初期に盛んに建立されたと云う「板碑」。造立者の願いを刻んだ供養とひとつである塔婆であるが、先年少々学習した時の記録に、この板碑1基を現代のい価値に米の値段や賃金労働から計算すると、1500万円~2000万円だとういう。庶民には建立出来なかった代物である。

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境内は、真言宗のお寺さんということで、弘法大師さまが鎮座である。私も「南無大師遍照金剛」と唱えさせていただいた。

下村の鎮守であったという「熊野神社」。正和元年(1312年)の創建と云うことである。写真は旧本殿である阿夫利神社である。
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本殿前の狛犬。溶岩の上乗った親が溶岩中段にいる子を見つめる図が何とも珍しい。
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本日の目玉、「旧岩淵水門」通称「赤門」である。この地点から下流域の荒川を明治の後期から昭和5年の20年掛けて掘削して造った荒川放水路の隅田川との分岐の水門である。この荒川放水路の完成により隅田川流域の洪水が無くなった航跡は実に大きい。

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荒川知水資料館には、当時の掘削の模様や道具類が展示されていて実に面白い。「治水」ではなく「知水」と云う命名が何とも意味深長である。
旧岩淵水門の島から少し下流域の現在の隅田川への水門(通称青門)を望む。
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荒川にかかるボードウォークから過去の水位上昇の記録を見学し「カスリーン台風」時の水位8.6mに一同言葉もない。その昔は「キャサリン台風と云っていたが、カスリーンが正しい発音らしい。私世代にはキャサリンの方が馴染みがいいのであるけど。
このあと、堤防下の河原でバーベキューを楽しんでいる皆さんの脇をお腹グーグー言わせながら「ビール~~!!」とか「出前BBQは何処にセットされてますか~~?」などなど、手前勝手な言葉を吐きながら荒川を後に(笑)。


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須佐之男尊を祀る神社「八雲神社」である。
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「岩淵町町名存続之碑」が残っており、住居表示に関する法律によりからくも「岩淵町」と云う由緒ある地名を残した住民の気概が伝わってきたな。


「赤羽越後屋」。昭和だね~~~。
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更に浄土宗の寺院「正光寺」、真言宗智山派寺院「大満寺」である。
正光寺では、10mの聖観世音菩薩にお参りだ。
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大満寺では、一瞬のうちに「四国霊場八十八箇所の巡礼ができてしまうという「お手かざし処」に参拝である。
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この大満寺の不動尊は成田山新勝寺から勧請したと云うことで、思わず「のまくさんまんだ~~。」の唱和であった。


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突然現れた「赤羽霊園」と云う名のお化け屋敷居酒屋。
呼び込み看板に「天井より生首落下、君は耐えられるか!座敷牢完備・妖怪料理有り!」とあったけど、入ってお酒を飲む気になりますか~~~~?(汗)。


こちらは、赤羽の真言宗寺院前に残されている江戸時代中期(元文5年、1740年)の道標であり、実に貴重なものである。
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「南 江戸道 東 川口善光寺道 日光岩付道」と記されている。交通の要衝だった赤羽なのである。


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最後に訪れたのはかつての岩淵郷の総鎮守である「赤羽八幡神社」である。延暦年間(782~806)の坂上田村麻呂の東征が始まりというから古刹も古刹、大古刹である。

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それが、今や神社の真下をトンネルで東北新幹線、埼京線が貫いているし、更に「関ジャニ∞」のファンが「下元8運お守り」を求めて多数集まると云う。通称「エイト神社」と呼ばれているらしい。
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まだまだ明るいうちにお散歩は終了。打ち上げに残られた15名様で、明るい内から日中の喉の渇きを癒して、楽しい会話に時間の過ぎるのを忘れてたな。
昨夜は何時もの倍近いお代わりをしたせいか、帰路の電車内では少々お疲れモードだったかもである。お酒は控えめにかな(笑)。

今回も、一緒に歩いて頂いた参加者の皆様と主催者に感謝である。

by Koppe3T | 2013-05-19 12:08 | ウォーキング・散策 | Comments(4)