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2014年 04月 14日 ( 1 )

 

房総の小江戸 大多喜

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旧国名上総国である房総の小江戸と云われる大多喜町の歴史散策は、いすみ鉄道の大多喜駅からスタートだった。


大多喜駅のホームでは、徳川家康四天王の一人と謳われた開運勝利の神将「本多忠勝」像がお出迎えだ。
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今日のコースは全行程12キロとのことだが、まずは駅から大多喜城方面へ向かうと、駅のすぐ前に「大手門」だ。この大手門はここから150メートルほど離れた位置にあったとのことである。この門は、昭和57年に建設されたものである。
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お城へ向かう道路沿いに「メキシコ通り」と書かれたモニュメントが現れた。
慶長14年(1609)、スペイン領だったフィリピン総督一行が外房の御宿沖で遭難した。村民は363名中317名を救助し、時の城主本多忠朝は手厚くもてなし家康のもとへ送り届けた。家康も船を新造して本国へ送り届けたと云う。
上記の縁から。昭和53年メキシコ大統領が公式に大多喜町を訪問したのを記念して、お城へ通じるこの道路が「メキシコ通り」と命名されたという。
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大多喜城の本丸は天保14(1743)の火災で焼失している。二の丸一帯は現在大多喜高校の敷地になっているが、建物の内唯一の残っているのが「薬医門」である。江戸中期に建造された二の丸御殿の門である。一時は高校の校門としても使われていたというのも凄い。
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高校の敷地には、本多忠勝は掘ったとされる周囲17メートル 深さ20メートルの大井戸がフェンスに囲まれて保存されている。水が枯れたことがないとのことで、満々と水が溜まっていたな。
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高校の校庭から眺めることが出来る天守閣である。手前の桜が残っていたら、更に美しい天守閣に違いない。
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さて、ここが高校の裏から天守閣への登り口だ。
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登り切った天守閣である。昭和50年復元の鉄筋コンクリートの城であり、内部は博物館になっていた。
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館内で、陣羽織と忠勝兜の試着コーナーがあり、試着してみた(笑)。背筋が伸びてないし、首が傾いているではないか!!(笑)。
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城山を下り、大多喜の田園地帯へ。ここは深瀬橋から望む夷隅川の流れである。鯉のぼりもたなびき、実に長閑である。
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いすみ鉄道の踏切を渡る。ここにもカメラを抱えた鉄ちゃん達が「キハ」などのディーゼル・カーの通過待ちだったな。
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これは、「天然ガス井戸発祥の地」の碑だ。大多喜は日本最古の天然ガス事業会社発祥の地だったのである。大多喜の天然ガスは、メタンが90%も占める上質なものとのことである。
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夷隅川に架かる三口橋から向こうの鉄橋を渡る「いすみ鉄道」ディーゼル・カーと大多喜城の遠望だ。1時間に1本程度しか運行していないのに、実にタイミング良く列車が通過だった。
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橋の袂には公園として整備されていて「御禁止川(おとめがわ)」と呼ばれていたという。御禁止で「おとめ」は中々に読めるもんじゃないな。
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しばし、夷隅川沿いの遊歩道を散策だ。穏やかな夷隅川と菜の花のコラボが癒してくれていた。
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夷隅川に架かる「行徳橋」の親柱に鎮座する、「本多忠勝銅像」だ。地元では、本多忠勝親子を主人公にしたNHK大河ドラマを誘致すべく、あちこちに大壇幕が掲示されていたけど、誘致されたら素晴らしいことである。
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良玄寺の奥まった所にある本多忠勝公墓所である。忠勝公、忠勝公夫人、次男の忠朝公が眠っている。
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ここからは、大多喜の城下町のエリアに入る。まずは、江戸時代から旅籠屋であったと云う。「大屋旅館」である。国の有形登録文化財である。
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大屋旅館の隣は、天照大神の弟であるスサノウノ尊が祭神である「夷隅神社」である。この本殿は江戸時代末期の建立とのことだ。
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こちらは、天明年間創業という豊乃鶴酒造で、この建物は明治7年(1874)の登録有形文化財である。
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この城下町通りには、多くの古い建物や蔵が残っていて、房総の小江戸を感じることが出来る通りになっていた。
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酒屋だったという伊勢幸。明治5年(1872)大手門の材料を使って移築された。
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渡辺家住宅。国の重要文化財で嘉永2年(1849)の建造である。当時の商家造りであるという。
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城から数えて4番目の門だったので「四ツ門」と呼ばれていた所である。
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最後は、大多喜から国吉まで再度「いすみ鉄道」に乗車し、国吉神社のお隣に鎮座する「出雲大社」に参拝だ。正式には出雲大社上総教会というのであるが、100年も前に島根の出雲大社から分院され地元の人々に守られてきた古社である。
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今回の歴史散策会は約12キロほどのコースだったけど、城山登りがあったりで後半は結構足裏にジンジンきてたな(汗)。それにしても房総に残る江戸風情を楽しませてもらった散策であった。

by Koppe3T | 2014-04-14 15:03 | Comments(0)