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2014年 05月 18日 ( 1 )

 

吉良氏並びに井伊家ゆかりの世田谷へ

世田谷吉良氏と井伊家の所領であった世田谷線沿線の歴史散策会に参加してきた。

出発は、小田急線豪徳寺駅。
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豪徳寺駅から2両編成の実に可愛い電車が走る東急世田谷線沿いを20分ほど歩くと豪徳寺だ。

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豪徳寺は15世紀後半、世田谷城主だった吉良氏が創建。江戸時代には彦根藩井伊家の菩提寺になった古刹である。かの有名な桜田門の変で暗殺された井伊直弼の墓所もあることで有名である。
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本堂左の三重の塔が新緑に映えて美しい。
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豪徳寺は招き猫伝説の寺でもある、招福堂には寄進された招き猫が数千体。壮観である。
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彦根藩2代藩主井伊直孝が領内見回り時突然雷雨に合い、猫の招きにより境内に避難し落雷を免れることが出来たことから井伊家の菩提寺になったとの伝説である。

寺域の奥まった広大な一画が井伊家の墓所で、歴代藩主や奥方の墓石が並んでいる。その奥まった所に13台藩主直弼の墓標が鎮座であった。
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世田谷線の宮の坂駅のすぐ北に鎮座するのが、「世田谷八幡宮」。
源義家が11世紀後半の「後三年の役」の勝利を祝い創建したとのことである。
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境内にある奉納相撲の土俵である。ここの奉納相撲は江戸3大大相撲のひとつと云われているとのことである。
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土俵傍の池に居た鴨君。寄っても逃げない人懐っこい鴨君たちだった。「グァ、グァ~。」元気だったな。
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更に数分南下すると「勝光院」だ。建武2年(1335)吉良氏による創建であり、江戸期には徳川家康から寺領30石を与えられたという。世田谷吉良氏の墓所でもある。
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勝光院書院。天保4年この地に移された江戸後期の数奇屋造り書院とのことだ。
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勝光院梵鐘。元禄11年(1698)作の世田谷区で2番目に古い梵鐘である。太平洋戦争時供出されたが潰しを免れ昭和52年に返還されたものだと云う。
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吉良氏墓所である。
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さて、今回のメイン・イベント「世田谷城址」である。今は「世田谷城址公園」として整備されているが、南北朝時代、足利氏の流れをくむ吉良氏居城とした平山城で、中世の面影を残す空堀や土塁が美しい。
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この先立ち入り禁止の土塁。タモリ倶楽部では「許可を得て」立ち入れていたんだよな。
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次に向かったのは、世田谷区役所北東にある「松陰神社」である。安政の大獄で刑死した吉田松陰を祀る神社で幕末に子弟の高杉晋作、伊藤博文らにより千住小塚原回向院よりこちらに改葬され、明治になって墓の傍に神社が創建されている。
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吉田松陰先生および安政の大獄で処刑された志士の墓所である。
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神社右奥には、萩の「松下村塾」を模して建てられていた。やはり萩の村塾の方が味わいがいいかな。
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明治41年に、毛利元昭公はじめ伊藤博文、山形有朋、井上馨、桂太郎、乃木希典らにより奉献されたと云う石灯籠群。
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松陰神社を後に松陰神社前駅に向かう途中にあった「松下村塾学び館」。2013年10月オープンと云う。内部は松陰先生にまつわる写真や資料で盛り沢山だ。1年間無料学費の第6期生募集中のことだった。もう少々若ければエントリーしたいくらいである。
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また、駅の近くのニコライ精養堂(今はパン屋さんだが、創業80年の和菓子屋さん)。松陰饅頭をお買い上げ~~。
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世田谷通り沿いの「大吉寺」。滋賀県の浅井長政公にまつわる大吉寺の大石が鎮座している。
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通りを少し入ると、「天狗湯」YOUが見えた。今時珍しい銭湯である。
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さて、こちらは今回の最終ポイント「世田谷代官屋敷」である。吉良氏に代わりこの地に入ってきた井伊家の世田谷領20ケ村の代官だった大場家の屋敷だったところである。
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門の前は「大山道」が往還している。

主屋。実に大きい。元文2年(1737)から宝暦3年(1753)の工事で完成したもので、重要文化財である。内部も黒光りしており、歴史を感じさせてくれる。
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敷地内の「白洲」。この石畳には座れない座れない。「代官様、お許しを~~~。」であるな。
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お隣にある世田谷郷土資料館内へ。
玉川上水木樋の展示が目を引いた。多摩川の水を羽村から江戸市中まで引いたという。この木樋は四谷で発掘されたものだと云う。
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野毛大塚古墳の石棺。古墳時代中期5世紀ごろのものとのことだ。
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懐かしかったのは、このテレビとラジオである(笑)。
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天正年間に北条市が認めて始まった「楽市」が始まりと云う「ボロ市」のジオラマがリアルで見とれたな。今では年に一回の開催であるが、昭和の時代まで毎月2階開かれていたというこの楽市、凄い歴史のある市である。
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by Koppe3T | 2014-05-18 11:13 | ウォーキング・散策 | Comments(0)