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2014年 11月 24日 ( 1 )

 

浜町~高輪・品川ウォーク

最高気温が18.5℃まで上がり穏やかな秋の1日、隅田川沿いや芝浦~高輪を歩いてきた。

出発は、浜町駅から。駅の傍の浜町公園の銀杏も黄色く色付き初めていた。
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秋の暖かな日差しの下、隅田川沿いを散策だ。日本橋消防署の水上消防艇とスカイツリー。消防艇が凛々しい。
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隅田川を下るディズニーランドのような遊覧船も楽しそうだ。その向こうには対岸の「芭蕉庵」跡も望める。江戸期の芭蕉が生きていた頃(1693年架橋)に架けられた「新大橋」も近く、芭蕉の句に「ありがたや いただいて踏む 橋の雪」が残っているとのことだ。
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昭和3年清澄町と中洲を繋ぐ橋として架けられた清洲橋が見えてきた。ドイツのケルンの吊り橋はモデルなので通称ケルン橋とも呼ばれている。
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暑くてシャツ1枚になっての隅田川テラスの散策だ。永代橋とその向こうに佃島の大川端リバーシティが見えてきた。永代橋は、元禄11年に架けられたのが初代とのことだ。江戸期この橋の上からの眺めは、富士山、筑波山箱根、房州上総と絶景の眺めだったらしい。隅田川沿いのこのテラスでのランチも楽しいだろうな。
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ここ豊海橋から日本橋川沿いを遡上だ。
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今は埋め立てられ、その上は首都高速が走っているが、箱崎川があったこの地には「行徳河岸」があり、行徳からの塩が小名木川を通って運ばれたり、成田山詣での出発地として賑わった場所とのことだ。
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こちらは、日本橋小網町にある古社「小網神社」である。文政元年(1466年)、伊勢神宮を本宗としてこの地に鎮座され、その後太田道灌が社殿を造営し「小網神社」と命名したと伝わる古社だ。関東大震災時宮司が神体を抱えて新大橋へ避難し、多くの人とともに無事だったり、戦災でも焼失しなかったとということで、「強運厄除け」の神として崇められていると言う。強運厄除けにあやかりたく「強運厄除けお守り」を購入だ。
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ここ日本橋の袂から、First Class Cruiseが売りの豪華リムジン・ボートに乗船!!!。これがまた実に豪華なボートなのだ。外観のスタイルも美しい最新鋭だ。
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レインボーブリッジの真下を通過し、台場の周りを一回りして、芝浦桟橋へ上陸だ。東京湾では結構なスピードで疾走だったけど、揺れも少なく快適な船旅(笑)を味わえるのだ。30分ほどの船旅であったが、水上から眺める都心の風景は新鮮であった。
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しばし、芝浦運河沿いを歩き、高さ制限1.5mのJRの線路下を前かがみになりながら通過だ。ここは、「高輪橋架道橋」と呼ばれている鉄橋の下の水路がトンネルになったものだ。歩道と車道に分離されているけど、車高の高い1Box車などは通行出来ない。タクシーが何台か通行していたけど、知る人ぞ知る抜け道なのであろう。
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第一京浜に出るとすぐ傍に「高輪大木戸」があった。江戸治安の維持のために東海道の江戸入り口にあたるこの地に1710年に設置された木戸である。街道の両側に築かれていたが、現在は海側のみが残っている。
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和銅年間(709年)創建と伝えられる「御田八幡神社」。
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御田八幡の左手階段(136段もあり、都心の階段では最も段数も高低差もあるとのことだ)を登ると、更級日記にも書かれた皇女と武蔵国の衛士の駆け落ち伝説がのこる「亀塚」だ。ここを登る階段はきつかったな。登り切ってから「ふぅ~~~。」であった(笑)。今では、前に高層ビルが立ち並んでいるが、江戸期までは眼前に江戸湾が広がり眺望抜群であっただろうな。
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その後、江戸期以前の旧東海道を歩き、「幽霊坂」を下ると、「玉鳳寺」だ。野ざらしのお地蔵様を修復しおしろいを施すと、和尚の顔の痣が消えたとの伝説から「おしろい地蔵」と呼ばれていると云う。私も身体中におしろいを塗らせてもらった。
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伊皿子坂を下って、泉岳寺へ。昨日も、多くの参拝客で賑わっていた。
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高輪高校の敷地内を通過する小道を抜けると、昭和的な家屋やアパートがある一画へ。しっかりした井戸も現役で残っているのだ。
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高輪消防署。古風な煉瓦造りと屋上のタワーがノスタルジー満点である。
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1299年創建の「承教寺」入り口の「件(くだん)」。狛犬ではなく件と云うとのことだ。牛から生まれ人の言葉を話すとともに、生まれて数日の命であるにもかかわらず、作物の豊凶や戦の予言までし、ことごとく当たったと云われる。
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高輪台の実に閑静住宅地を抜ける小道を行くと、「東禅寺」だ。幕末に最初のイギリス公使館となった臨済宗のお寺さんである。山門前には「最初のイギリス公使宿館跡」の碑が建っている。水戸藩士らによる襲撃事件で通名。なお、その後、御殿山に建設中の英国公使館も長州藩士の高杉晋作や伊藤博文らにより焼き討ちに合っているんだよね。境内の三重塔が美しいとのことであるが、日曜日は境内に入れないようで残念ながら拝観出来ず。
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最後に「高輪プリンスホテル」へ。約40年ほどの昔、年末ダンスパーティが毎年ここで開催され、この高輪台への坂を登ってきたのを思い出していたな。
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プリンスホテルの庭園を散策し高輪台を下山だ。三田から高輪は急な階段や坂が多く、足裏に結構ジンジンきてたけど、約8キロの行程を歩き通せてほっとしたな。
打ち上げの3時間飲み放題も色々な「いも焼酎」を楽しめたし、話題も尽きず楽しいひと時であった。引率並びに一緒に歩いて頂いた皆さまに感謝である。



by Koppe3T | 2014-11-24 10:57 | ウォーキング・散策 | Comments(6)