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2014年 12月 22日 ( 1 )

 

甲州街道の宿場町「内藤新宿」を歩く

四谷から新宿へ向かう甲州街道(現新宿通り)周辺の歴史散策へ参加してきた。

出発は四谷駅からであったが、外堀の風情も感じたく市ヶ谷から旧外堀を眼下に土手を歩いてみた。こちらは、三年坂。三年寺の寺地だったところで三念寺坂が正しいとのことだが、俗間の誤りで三年坂と称されて現在に至ったとのことだ。

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で、こちらが出発地である江戸城外堀の上に残る「四谷見附跡」である。甲州街道方面の防衛の要であった場所である。

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弦新宿通り(甲州街道)を内藤新宿方面へ。甲州街道から南方面への小路へ入り込み、最初の訪問地はあの服部半蔵ゆかりのお寺さん「西念寺(さいねんじ)」だ。
槍の半蔵と云われた服部半蔵の槍がこのお寺さんに残されているという。また境内に半蔵のお墓が苔むして残されていた。

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この辺りは谷間があり、こちらは結構急な坂で「観音坂」。西念寺と真成院の間を南に下る坂で、真成院の潮踏観音にちなんでいるとのことだ。

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こちらは、「東福院坂(天王坂)」。坂の途中にある阿祥山東福院に因んでこう呼ばれた。別名の天王坂は、明治以前の須賀神社が牛頭天王社と称していたため、この辺りが天王横町と呼ばれていたことによる。

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さて、こちらが「須賀神社」だ。須佐之男命を主祭神として寛永11年にこの地に鎮座されたとのことだ。境内は、正月を迎える準備で忙しそうだったな。

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四谷と云えば、ご存じ「東海道四谷怪談」!!。 この物語は、後世の創作物語ではあるが、江戸時代に実在した「お岩」さんは、家庭を大事にした貞淑な妻だったと伝えられている。お岩さんを祀るこの陽運寺於岩稲荷)は、えんむすびの寺とのことだ。

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於岩稲荷の向かいにあるのが、通称お岩さまと親しまれている田宮神社だ。境内には四谷怪談の記事が満載だった。

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甲州街道に戻り西へ向かうと、現四谷四丁目交差点辺りが、「四谷大木戸跡」だ。

元和2年(1616)に大阪夏の陣の翌年で、豊臣の残党が江戸に侵入するのを防ぐのが目的であったと言う。寛政4年(1792)に廃された大木戸である。当時の風情が絵に残されていた。

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さて、「内藤新宿」の語源にもなった信州高遠藩内藤家の下屋敷の跡地が明治になって新宿植物御苑となり、戦後「新宿御苑」として一般公開された「新宿御苑」へ。

ここは、40数年ぶりの訪問になるが、全く40年前の記憶はない(笑)。実に広大である。まずは、玉川上水を引き込んで造営したと云う「玉藻池」だ。

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更にフランス庭園やイギリス公園を眺めながら、下の池へ。紅葉が美しいし、ほとりには水仙の群生も。

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こちらは、もみじ山の紅葉だ。この師走も押し迫ってここまで綺麗な紅葉が観賞できるとは思わなかったな。

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更に、「じゅうがつざくら(十月桜)」も咲いている桜園地だ。春と秋の2回開花すると云う。

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御涼亭。皇太子(後の昭和天皇)のご成婚を記念して、台湾在留邦人の有志が造営・献上したもので、昭和2年(1927)に完成したもの。内部から眺める水辺の風景が素晴らしい。
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日本庭園のエリアへ入っていくと、こんなにも真っ赤な紅葉が。12月の下旬にここまでの紅葉は、もうけもの(笑)。
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楽羽亭で頂いた抹茶。しんと静まった立札席が異様ではあったけど、美味であった。
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日本庭園の風情は、小雨も手伝いしっとり感がいい感じだ。
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御苑を新宿門から出て、ほど近い所に今も残るのが、内藤家の菩提寺である「太宗寺(たいそうじ)」だ。慶長年間(1596頃)の草庵が始まりとのことだ。
「江戸六地蔵」のひとつである銅造地蔵菩薩も残されている。
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更に新宿一丁目方面へ向かい靖国通り沿いにあるのが、宿場ならではの哀しい歴史を今に伝える「成覚寺(じょうかくじ)」だ。江戸期の飯盛り女の投げ込み寺で、数千人が葬られたと云う。 「子供合埋碑」が残っていた。 飯盛り女のことを子供と称したとのことだ。
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靖国通りと新宿五丁目方面へ。この辺りまで来ると、人並みが一気に増えて、なんでこんなに人がいるんだろう???と感嘆しきり(笑)。
新宿五丁目を左折し、甲州街道方を横切った辺りにあるのが、「天竜寺」だ。ここには、江戸三名鐘のひとつ「時の鐘」が残されていた。
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後半小雨に見舞われたけど、全行程約10キロ。落伍せずに歩き通せたし、この時期には珍しい桜や師走の紅葉と、感嘆しきりであった。

最後に、今回歩いたエリアの安政年間のジオラマと切絵図はこちらである。
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by Koppe3T | 2014-12-22 13:56 | ウォーキング・散策 | Comments(0)