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2019年 01月 29日 ( 1 )

 

浅草から墨堤沿いを歩く

先日参加した「浅草から墨堤沿いを歩く」の記録である。
スタートは、スカイツリーが見える浅草駅からだ。
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「浅草名物「神谷バー」である。
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で、浅草と云えば浅草寺である。雷門付近は、流石に外国人だらけである(日本人より外国人の方が多そうだ)。
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仲見世も初詣の成田山表参道みたいにまともに歩けない。
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そして、何故か着物姿の女性が多かったな。しかもカラフルな柄が多いのだ。
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本堂にも参拝だ。推古天皇の時代(628年)、漁労中の兄弟が引き上げた仏像が縁起のお寺さんが、世界中からここまで老若男女が訪れるようになるとは、仏像を引き上げた兄弟も知らなんだろうな。
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隅田川沿いからスカイツリーを望む。梅の花も開花だ。
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で、こちらも推古天皇の時代、地中から忽然と湧き出た霊山と伝わる「待乳山聖天(まつちやましょうでん)」である。浅草寺の支院で、正式には「待乳山本龍院」と云う。
江戸期、歌川広重画でも向島から大川と待乳山を描いているほどの江戸東部随一の名所だったのだ。
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待乳山辺りまでくると、流石に外国人も日本人も少なく、閑散とした感じが嬉しい。

「さくらレール」と銘打った日本最短モノレールである。無料でもあり、片道約30mほどを皆で乗って一往復づつさせて貰った(笑)。
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ここ待乳山付近は、かの池波正太郎氏の生誕の地でもあり、公園の一角に碑が建立されている。鬼平犯科帳にも待乳山や、墨堤(隅田川の堤)もよく登場する訳である。
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さて、言問橋を渡り、向島へ。
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渡り切った所にあるのが「牛島神社」である。
文武天皇の時代(701~704)の頃、この向島辺りは官の牧が広がり、多くの牛が草を食んでいたエリアであり、牛と関わりの深い神社なのだ。
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境内にある「撫で牛」である、江戸期から体の悪い部分と同じ部位を撫でると治るらしい。私は頭からお尻まで全部撫で撫で~~~~~(笑)。
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さらに、ここは江戸期水戸藩の下屋敷だった場所でもあり、日本庭園が往時の面影を偲ばせてくれている。
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墨堤の桜並木は、徳川八代将軍吉宗が植えたの始まりと云う墨堤沿いを北へ向かうと「三囲神社(みめぐり)」だ。弘法大師が祀った田中稲荷が始まりとのことだが、文和年間に、土中から見つかった白狐に跨る老翁像の周りをどこからともなく現れた白狐が三度回って消えたので「三囲」の名が付いたとのことだ。
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享和2年(1802)奉納の目じりの下がった温和な表情の三囲のコンコンさんである。
このような表情の人を、この辺の職人言葉で「三囲のこんこんさんみてえだ。」と云うらしい。
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ここは、鬼平犯科帳にも「三囲稲荷社」として登場していたので、昨年読み終えた私としては嬉しい場所だったな。
また、今の三越である三井家が江戸進出の時、こちらを守護神とした経緯から、池袋三越の青銅製ライオンが境内に鎮座なのだ。
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さて、見番通りを北へ。見番通りと名が残っているくらいだから、その昔は多くの待合や料理屋があったエリアなのだ。流石にこじんまりとした料亭や立派な料亭が散見されるのだ。
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さて、弘福寺である。本堂の造りが実に中国っぽいと思いきや、唐の時代に実在した「布袋尊」の御像が本堂に安置されている中国色の強い宗派で300年以上の昔に創建されたお寺さんなのだ。
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墨堤に残る江戸末期創業の「言問団子」である。小豆あんと白あんとクチナシで黄色い団子が厳選された静岡は川根産の美味しい日本茶で味わうことができるのだ。
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平安の右近衛中将在原業平朝臣の和歌を詠みながら頂きました。「いざ言問はん都鳥 我が思ふ人はありやなしやと」墨堤の桜も有名であり、桜の季節に再訪したい場所でもあるな。


さて、東京大空襲を免れた「鳩の街通り」である。実に、懐かしく思える通りで、この平成にこんなに日本的な通りが残っていたとは!!!
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この通りの近くには吉川英治や榎本武揚も住んでいたと云う。


で、こちらは明治の文豪幸田露伴がの住居跡である。露伴は転居が多くカタツムリのようだとして「蝸牛庵」と詠んだらしい。
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今回も、案内ありがとうございました。また、一緒に歩いて頂いた皆様、お疲れ様でした。



by Koppe3T | 2019-01-29 13:45 | ウォーキング・散策 | Comments(0)