<   2014年 01月 ( 4 )   > この月の画像一覧

 

「龍馬の江戸留学を訪ねて」 <追記あり>

坂本龍馬が19歳から22歳の頃、剣術修行に江戸遊学した足跡を訪ねる会へ参加してきた。

江戸と云えば、やはり「日本橋」がスタートだった。日本橋南詰めの幕藩時代は「高札場」があった地点がスタートだ。
f0233879_8223772.jpg


今の日本橋は明治44年に架けられたものであるが、日本橋南詰めのたもとにある、元禄年間創業の漆器店「黒江屋」には、万治元年(1658)の擬宝珠がショウウインドウに飾られているとのことであるが、今回は店がオープンしておらず、シャッターの浮世絵を眺めるのみ。
f0233879_8295035.jpg



日本橋川を右手に見ながら進むと「一石橋」のたもとである
f0233879_8382421.jpg
。ここには安政年間に建てられた「一石橋迷子しらせ石標」が佇む。江戸後期には、繁華街では迷子が多く、このような石標にお知らせが張り出されたということだ。当時は湯島天神や両国橋にもあったようだが、今はここにのみ残されている貴重なもにものとのことだ。

更に日本橋川の上流に架けられているのが、この「常盤橋」である。旧江戸城外堀に架けられていたもので、天正18年(1590)には土橋だったと云う。この石橋は、明治9年に架けられたものとのことだ。
f0233879_8415487.jpg


常盤橋を渡り切った先のこのJFE商事ビルから先の13000坪ほどが「福井藩上屋敷」であった。
龍馬が近藤長次郎らと当時の前藩主である松平春嶽」と尋ね、海防策などを話したという屋敷である。安政年間の江戸切絵図では「松平越前」と記されているエリアである。
f0233879_8474310.jpg



御幸通りを江戸幕府の貨幣鋳造所(現日本銀行)を左に見ながら江戸桜通りを直進だ。昭和通りの先の椙森神社の1ブロック手前のこの辺りに「千葉定吉道場」があったエリアである。龍馬が最初に江戸へ出た時に入門した北辰一刀流の道場である。ここの娘佐那との恋愛話は若き龍馬の青春時代の一コマである。
f0233879_08583189.jpg


次は、人形町の交差点を左に見ながら進むと、「日本橋小学校・日本橋図書館」の洒落た施設が見えてきた。ここが、龍馬の「薩長同盟」の対談の一人で明治後明治6年に鹿児島へ下野すまで住んだ「西郷隆盛」の屋敷があったところだ。
f0233879_9321756.jpg
f0233879_9322898.jpg


西郷隆盛屋敷のすぐ近くに「春琴抄」・「細雪」で有名な作家「谷崎潤一郎」の出生地があった。
f0233879_936498.jpg

ここのビルには「谷崎」という落ち着いた雰囲気のレストランがあり、この看板は谷崎潤一郎の奥様の筆によるものと云うことだ。
f0233879_14253229.jpg


日本橋川方面に進むと、日本橋川に架かる「鎧橋」である。江戸期は橋は架かっておらず、「鎧の渡し」だったところであり、この橋は、明治6年のことという。西郷さんも草履履きで渡っていたであろう橋で、西郷隆盛と龍馬の妻お龍さんと会いお互いの身を案じたととの談話が残されている橋である。
f0233879_9444378.jpg
f0233879_945213.jpg


橋を渡ると、右手に「東京証券取引所」を右手に平成通りを進むと、右手に中央区立阪本小学校が見えてくる。明治4年開校の第一番官立小学校で、旧細川藩の下屋敷だったところである。谷崎潤一郎もここの卒業とのことであった。
f0233879_1426991.jpg


<以下、後刻に追記。>

更に進み八丁堀2の交差点に1500坪の「桑名藩上屋敷」があったエリアになる。最後の藩主は、京都守護職の松平容保の実弟であり、戊辰戦争では兄容保とともに新政府と戦った一人である。今は面影もないビルがあるのみである。
f0233879_14322997.jpg


桜橋交差点を直進して新富橋の南にある復興稲荷社の一帯が江戸三大道場の一つであった「桃井道場」の跡地と云うことだ。
f0233879_1437037.jpg
f0233879_14371976.jpg


更に直進し、新富町駅の先に見えてきたのが古めかしく且つどうた!!と民を威圧してい感のある「中央区役所」で、この区役所の辺り一帯は「土佐藩中屋敷」だった所で、龍馬の江戸遊学時の宿舎であった。
ここで、土佐勤皇等を設立した武市半平太と交流したとのことだ。
f0233879_1442381.jpg


更に祝橋、万年橋を越えて行った先にあったのが、龍馬も門下生であったかの「佐久間象山塾」である。
f0233879_14453822.jpg

幕末有数の兵学者で松代藩士のこの砲術塾には、勝海舟はじめ、長岡藩家老の河井継之助、八重の桜でも詳しく描かれていた会津藩士山本覚馬、長州藩士で倒幕の原動力になった松下村塾塾長の吉田松陰、肥後藩士宮部鼎蔵らが門人に名を連ねていたというのが凄い。

最後に東京駅南口近くの鍛冶橋通り沿いの「千葉定吉道場」跡である。龍馬は2度目の出府の時はこちらの道場へ通ったようである。
f0233879_14585776.jpg


以上が、龍馬の江戸留学足跡」である。
このウオーキングの途中で見つけたのが、歌舞伎座の裏手にあったフロール ド カフェ「樹の花」である。入り口の案内板によると、1979年8月4日 ジョン・レノンとヨーコが立ち寄りコーヒーとティーで静かに語り合ったというカフェである。
f0233879_155505.jpg
f0233879_1561196.jpg

[PR]

by Koppe3T | 2014-01-26 08:56 | ウォーキング・散策 | Comments(2)  

初打ち~in美浦GC

今年の初打ちは、昨年11月に男子プロの「HEIWA・PGM CHAMPIONSHIP in 霞ヶ浦」が開催された「美浦ゴルフ倶楽部」だ。


昨夜の天気予報では昼前後からかなり高い確率で雨だったけど、実際は晴れてウインドブレーカーも脱いでセーターでのラウンドだった。流石「晴れ男」、俺(笑)。
f0233879_1785557.jpg


それでも、7時半の練習場のこの風景!!!。実際寒くて、指先が痺れて痛いくらいだった。
f0233879_178966.jpg



今日は、イン・コースからのスタート。10番312ヤード パー4からである。朝一のT-ショット、上手く打てて、残り100ヤードからのセカンド・ショットも難なくグリーンに乗って、「パー」での発進だ。

だども、11番ではセカンド・ショットを左の山際に打ち込み、結局6オン・2パットの「8」は痛い。
そして、超痛かったのは、13番 500ヤード パー5だ。3打目がフェアウエーに落ちて右ラフに転がったのを視認していたのだけれども、その地点に行ってみると、・・・・・・(汗)。ボールが無い!!!。同伴のメンバーも全員で一緒に探してくれたけど、ルールの5分探しても見つからない(汗)。冬場ではあるけど、ラブが枯れていてもカットしていないので、白いボールは見つけにくいのである。
結局「ロスト」!!を宣言せざるを得なかったのは、痛い!!!。


15番 165ヤード パー3では左に引っ掛け池ポチャ(汗)。
f0233879_17192530.jpg


それでも諦めず、ここ16番284ヤード パー4では、距離もないので3ウッド(スプーン)でTショットし、2オン2パットのパーだ。
f0233879_17211041.jpg


フロント9の最終ホール482ヤード パー5では、残り220ヤードを3ウッドで2ピン下につけて、「バーディ・チャンス!!!」なるも、「パー」。
f0233879_17235673.jpg


結局、大叩きの11番と13番が響いて、「51」。これは痛い。



後半の目標を、48に設定して100叩きは免れようとバック9へ。<ここは8番、パー4>
このあたりから、先月発症した右肩の石灰化症」が疼き始めて、どうしても庇うスイングが出始めだ(汗)。
結局後半は「パー」が一つもないラウンドで、「49」。
f0233879_17304015.jpg


やってもうた!!!。100叩きの刑だ(汗)。

いつものサークル仲間との新春打ち初めだから、和気あいあいと楽しいラウンドだったし、天気予報に反して温かいラウンドだったのは嬉しかったな。年の初めの試しとて~~~♪。次回までに「肩、直すぞ~~~!!」である。
[PR]

by Koppe3T | 2014-01-08 17:35 | ゴルフ | Comments(0)  

恒例の

新年を迎えて初の週末。今朝も最低気温は-3℃だったらしいけど、今朝はゆっくり朝寝坊。朝寝坊できるのは休日ならではであり、嬉しい。


恒例の我が家の「初詣」は、元日に地元「成田山新勝寺」への初詣で始まるのだが、今年は店長要請もあり勤務だったので、本日の初詣と相成った。


元日ではないので、そんなに人出はないかな~と思いつつも、参道に入るとこの人出だ。
f0233879_17321569.jpg



成田山参道が下り坂になる手前の左手に鎮座しているのが、この「成田山薬師堂」である。明暦元年建立のこのこのお堂は成田山本堂であり、数年前から改修工事中だったのであるが、昨年改修工事が完了し、実に新鮮な風情の薬師堂に衣替えである。
f0233879_17353872.jpg


参道の中でも一番好きなのが坂の中腹のこの辺りから眺める成田山の風景である。
f0233879_1893992.jpg



この建物は国の重要文化財の旅館「大野屋」。成田を舞台にした映画などにも登場の成田を代表する建物の一つである。
f0233879_17374599.jpg


成田の参道には多くの「鰻屋」があるけど、こちらは「駿河屋」の店頭鰻さばき実演である。ここの国産うな重は5000円超の値段だけど、まだ食べたことがない(笑)。
f0233879_1739519.jpg



いよいよ新勝寺だ。まずは、「総門」。
f0233879_17412596.jpg


総門を潜って、「お札受付所」があり、お札の護摩焚き依頼である。

で、本堂へ登る階段の下の「仁王門」である。急な階段は、元旦だと入場制限があり数10分は待たされるのであるは、本日は、人出はおおいけど、待たずに登れたな。
f0233879_17444179.jpg

f0233879_17445242.jpg


階段を上り切って、やっと大本堂前に到着だ。
f0233879_17482971.jpg


お札が焚き上がるまでに40分ほどかかるので、本堂へ入って待つ。
炊き上がった今年のお札と、毎年買い替えしている「交通安全」お守りである。今年も平和な一年でありますように(祈)。
f0233879_1810226.jpg



三が日、雑煮も食べ飽きたので帰路立ち寄ったのは、ハワイから日本上陸1号店の「アロハ・キッチン」だ。
今流行りの「パンケーキ」のお店である。アロハスフレ フルーツパンケーキとダイヤモンドヘッド スフレパンケーキを注文してみた。
f0233879_18103721.jpg
f0233879_18105146.jpg

う~~~~ん(汗)。美味しいのであるが、やはり甘い(汗)。お昼に食べるもんではなさそうだ。食べ過ぎもあり少々気分も悪くなったかな(笑)。
[PR]

by Koppe3T | 2014-01-04 18:02 | 季節 | Comments(2)  

無線で年始のご挨拶

明けましておめでとうございます。

穏やかな快晴に恵まれた新年二日目の今日は、無線運用で遊んできた。
新年の定番「New Year Party」と云う名のコンテストに参加である。

快晴無風の中、いつもの6エレメントのアンテナを8メートルの高さに上げて、「新年の賀詞交換」で楽しませてもらった。
f0233879_17134985.jpg

今日の最高到達は浜松市までだったけど、多くの局からコール頂き嬉しい年の初めの無線運用だったな。今年も新春からの交信、ありがとうございました。


近くの公園では凧ではないけれど、カイト揚げに興じる親子も、正月の穏やかな日差しを楽しんでいた。それにしても、最近は和凧を揚げるのをほどんと見なくなったな~~。自分で和凧を組み上げ自分の絵を書いて凧揚げに興じていた私としては淋しく感じつつ、しばし親子のカイト揚げを眺めさせて頂いた。
f0233879_17183361.jpg


更に、近くに神社があったので、「初詣」にも向かった。新田義貞の建武の中興のころの彫り物が残っているので古刹と云っていいであろう「宗像神社」である。
大きな神社と違い、初詣に訪れる人も実にまばらで、ひっそり。いいねぇ~~このような古刹。
f0233879_17181760.jpg

[PR]

by Koppe3T | 2014-01-02 17:17 | 無線・釣り | Comments(0)