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吾輩は猫である

今日も日中は晴れて、蒸し暑い1日だった。最高気温27℃!!

さて、一昨日から預かっている子猫の「杏(あん)」。「さび猫」と云う種類とのとだ。
まだまだ、子猫で紐にボールにじゃれるのが好きのようだ。で、ソファの上の毛布の上が寝る時のお気に入り。
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また、窓を開け網戸にすると、ソファーの背もたれの上から屋外を眺めるのも好きのようだ。
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さてさて、この子の里親さん見つかるかな~~~?

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by Koppe3T | 2015-06-25 17:32 | 日常 | Comments(0)  

梅雨の晴れ間の、京カントリー

今日は最高気温27℃。晴れで微風。そんな中、「京カントリー・クラブ」で遊んできた。


スタートは、イン10番 338ヤード。フェアウエーセンターからの残り135ヤードが1ピンに寄り、スターからバーディ・チャンスだ!!
結局、2パットでパー発進。
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続く11番165ヤード パー3、12番472ヤード(アクチャルは405ヤード)パー5ともパー・ゲットで、スタート3連続パーは、何年ぶりだったろうか。
それでも、続く13番377ヤードではパー・オンするも、4パットのダブル・ボギーが痛い。

で、この14番296ヤードでは9番アイアンでのセカンド・ショットはピン・ハイなるも、2パットのパー!!!
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更に、17番467ヤード パー5でも、3オン2パットのパー!!!。ラスト18番をむかえて4オーバー・パー、フムフムここをパーで上がれば、久々の40だ!!と心に思ったのが大失敗!!。谷越の18番 167ヤード パー3では、辺りが超薄く、ボールは谷底へ(汗)。谷底の鰐に食われた(汗)。結局、フロント9の最終ホールは、トリプル。ボギー!!!、痛い痛い。前半43(パット19)だ。
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さて、後半。1番366ヤード パー4だ。ここでは、気合い入れに毎度のバックからの1ショット!!。ところが、Tショット今一、セカント、サードと乗らずに、結局4オン 2パットのダブル・ボギー発進が痛かったな。
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後半はたまにナイスショットは出るものの、パー無し!!!(汗)。結局、52(パット22)
う~~~ん、前半のTショットやアイアンがまずまずだっただけに、悔やまれる。一筋縄ではいかないのがゴルフなのであるな。
ここ京カントリー・クラブは、成田空港の南に位置し、成田空港の離発着機は真上を離陸している。今日色々なエアーラインの機体が離陸していっていたな。
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帰路、毎度の喫茶店で反省会!!!、次回こそ、カムバック!!80台である。
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今日も2組でのラウンド、ベスト・グロスでぺリアでも優勝のおたけさん、おめでとうございます。
ご一緒頂いた皆様、次回もよろしくお願いします。

さて、数日との約束で昨夜から預かることになった子猫ちゃんである。実に人懐っこい奴で、このブログ入力中も私の膝で眠っている。名前は、杏とのことだ。
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by Koppe3T | 2015-06-24 18:16 | ゴルフ | Comments(0)  

大川沿いの江戸の面影巡り

先日、江戸期大川(現隅田川)に架かっていた橋は5本。そのうちの大川橋(現吾妻橋)から両国橋の間を行きつ戻りつ、歴史的面影を探す歴史散策会に参加してきた。

まずは、地下鉄銀座線の浅草駅。いかにも浅草らしい佇まいの土木遺産の建物である。

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傍には、江戸期は大川橋と呼ばれていた吾妻橋(東橋とも書かれた)である。遠き昔、東国・関東地方が吾妻と呼ばれていたことからの銘々とのことだ。
初代は安永3年(1774)架橋であるが、この吾妻橋は関東大震災後の昭和6年に架け替えられたものとのことだ。

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最初の訪問地は、待乳山聖(まつちやましょうでん)本龍院だ。推古天皇9年(601年)創建と云うから、1400年以上も前のことになる。隅田川を望む小丘上にあり、江戸期は東部随一の眺望の名所と称され、浮世絵や詩歌に登場しているとのことだ。

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待乳山聖天の本殿である。境内には江戸期の名残をとどめる築地塀も残されていた。

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ここには日本最短?と思われる走行距離10メートルほどのモノレールが駐車場から本殿まで敷設されているのが楽しい。「さくらレール」と銘々されており乗車無料とのことで、下りのラインに乗車してみた。

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尚ここ浅草聖天町(あさくさしょうでんちょう)は、「鬼平犯科帳」や「剣客商売」で有名な作家・池波正太郎の生誕地でもあり、歴史小説好きの私にはテンション・アップの場所でもあった。

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次に向かったのは、「今戸神社」だ。平安時代の康平6年(1063)源頼家・義家父子が奥州討伐(前九年の役)の折、京都石清水八幡を勧請したものと云う。奥州の安倍貞任・宗任・阿弖流為たちが蝦夷と蔑まれ、時の朝廷に反旗を翻していた頃である。

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境内には慶応4年没の新撰組剣客・沖田総司終焉の地の碑が残されている。

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また、「石のなで猫」でも有名のようだ。「福よこいこい」、「いい事いっぱい」きますように(祈)。

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さて、隅田川テラス沿いを歩き、駒形橋へ。駒形橋の袂には駒形堂が残っており、浅草寺の本尊聖観世音菩薩像が漁師の網にかかり引き揚げられたと伝わる場所で、馬頭観世音菩薩が祀られている。

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駒形橋
は、昭和2年(1927)、関東大震災復興で架け替えられたアーチ橋で、東京スカイツリーのベスト・ビューポイントでもある。多くの外国人が橋の中央のテラスで記念撮影だったな。

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江戸通りを下っていくと、行列の出来ているお店だ。有名な「駒形どぜう」であった。

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こちらは、江戸期から相撲との関わりが深い「蔵前神社」である。23回もの勧進相撲が行われたとのことだ。蔵前神社は徳川5代将軍綱吉が元禄6年(1693)山城国の石清水八幡宮をこの地に勧進したのが始まりとのことだ。

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尚、古典落語ゆかりの地でもあり、「元犬」が鎮座している。古典落語「元犬」は、蔵前の八幡さまの境内で満願叶って人間になった真白い犬が奉公先巻き起こす珍騒動のお話しである。

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さて、こちらは、「厩橋(うまやばし)」。厩(うまや)は、浅草の御米蔵に付属する御厩がこの地にあったことに由来しているとのことだ。明治5年、渡し船の転覆事故があり、地元住民により明治7年(1874)に木橋が架けられたのが初代とのことだ。現在のこの3連アーチ橋は、関東大震災後の昭和4年のものである。昭和初期の造りらしく鉄鋲の大きさがなんとも力強い。

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厩橋を渡り、清澄通りを南下すると「横網町公園」だ。大正12年の関東大震災の復興の為の記念館である。屋外には、震災後の大火災による猛火・熱風でどろどろの塊となった鉄柱やモーターの焼け塊が屋外展示されている。関東大震災と東京大空襲の犠牲者の遺骨を安置している」東京都慰霊堂」は大補修工事で立ち入れず、慰霊できなかったのは残念だった。

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隅田川に戻り、黄色い欄干の「蔵前橋」を渡る。蔵前橋は、幕府の御米蔵があったことに由来している。

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蔵前橋を西に渡り切ると、「浅草御蔵跡」の碑が残っていた。江戸幕府が元和元年(1620)、鳥越神社の山を崩して隅田川を埋め立てて米蔵を建てたエリアである。

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こちらが、鳥越神社である。白雉2年(651)の創建で、日本武尊や徳川家康を合祀している。

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更に江戸通りを南下すると、「第六天榊神社」が鎮座だ。創建は景行天皇の時代とのことで、日本武尊を創祀している。

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更に、このエリアには「久月」、「秀月」などの老舗人形店が立ち並んでいたな。

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神田川の手前にあるのが「浅草見附跡」だ。奥州街道・光街道の入り口でもあるこの地に入り鉄砲と出女取り締まりの為に寛永13年(1636)に設けられた見附である。

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この緑色の柳橋辺りは船宿が並び、江戸期は「柳原土手」と呼ばれた風情満点のエリアである。

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柳橋を渡ったあたりには、時代小説にはよく登場する「両国広小路跡」だ。明暦の大火で多くの犠牲者を出した反省から幕府が設けた日除け地であるが、多くの見世物小屋が並んだ広小路である。江戸を舞台にした時代小説には必ず出てくる当時の大遊興地区である。

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両国橋の西詰めを少し南下した地に「矢ノ蔵」の碑が建っていた。正保2年(1645)江戸幕府が米蔵を建て、「谷之蔵」と称した。かの忠臣蔵で有名な堀部安兵衛の江戸での潜伏していたのが、米蔵が焼失した後のこの矢ノ倉だったのである。

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さて、最後に両国橋を渡って、大川(隅田川)沿いの歴史散策は終了だった。

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今回歩いたエリアを安政年間の切絵図でレビューすると、以下の辺りである。
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結局、今回も軽く20000歩超えで、足裏から太腿も痛み出していた(爆)。
最近は歩く度に足裏ジンジンである。足裏にこないウォーキング・シューズを手に入れなきゃならないな。


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by Koppe3T | 2015-06-23 13:54 | ウォーキング・散策 | Comments(2)  

パラグライダー眺めながらCQ,CQ~~

今日は薄曇りながらも最高気温28℃、微風3m/s。湿度は高い。
そんな中、筑波山へ出掛けてきた。


ロング・ディスタンス局との交信を目論んで少しでも標高の高いロケーションでの無線交信だ。今日の標高は約200mだった。
アンテナを組み上げて、無線機と折り畳み式テーブルにセッティング中に、何か足りないな???

そう、パラソルを積み忘れていたのだ(汗)。この時期パラソルのない炎天下での無線運用は無理と判断し、車内での運用に切り替えだった。
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このエリアは、パラグライダーのメッカで、気持ち良さそうに飛ぶパラグライダーとの接近遭遇だ。
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これは、今は使われていないパラグライダーの離陸するプラットフォームからの眺めだ。ここから数メートル走って離陸するのって勇気いるに違いない!!。
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今日も多くの無線局に呼んでいただいたけど、上空の電離層は今一活性が上がらず、福岡県の局との交信が最長だったな。あとは、直接波での交信で松本市の美ヶ原高原へ移動していた局が最長だったな。中には「20年ぶりですね~~」の声も聞かれ、車内で汗流しながらも嬉しく無線交信を遊ばせていただいたな。
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by Koppe3T | 2015-06-13 18:12 | 無線・釣り | Comments(0)  

梅雨の晴れ間の、絶好ラウンド!!

一昨日梅雨入りが発表された関東地方であるが、今日は梅雨の晴れ間。雲が多いながら、朝から晴れである。
そんな中、「桜ゴルフ倶楽部」で遊んできた。
朝のアプローチの練習をしていたら、暑い!!。今シーズン初のハーフ・パンツに着替えてのラウンドだ。


スタートは、西コース1番 479ヤード パー5からだ。
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ここでは、朝一から気合いを入れてバック・ショット撮ってのスタートではあったが、3打目100ヤードをショートしてしまい4オン 2パットのボギー発進だ。
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その後も、ボギーが続くも、ここ打ち下ろしの165ヤード パー3では、7アイアンで放ったボールは1ピンほどに寄り今日初の「バーディ・チャンス」だ。残念ながら、バーディはならずの、パー。
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その後もパーは来ず、ここ最終ホールの9番 525ヤード パー5にきてしまった。ここは、4オンなるも3パットのダブル・ボギー(汗)。結局、前半は46(パット18)で、毎度の目標の80台は実に微妙だ。
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さて、後半は東コースだ。1番372ヤード パー4である。東コースは西コースより各ホールの距離が長いのである。ここは、4御パットのダブル・ボギーだ(汗)。
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後半、同伴競技者のあらさんのTショットが素晴らしいので、「あらさんショット」を見様見真似で試してみた。いいねえ~~。やはり、こわごわ打っていては駄目なようで、きっちり振りぬけばそれなりに飛距離も伸びるし、曲りもないようだ。

ここ、今日の最終ホールの9番 535ヤードでは、Tショット・セカンド・ショット、更に150ヤードの3打目も完璧でパー・オンに成功だ。バーディ・パットは逃すものの、パーで上がれたしTショットの振りぬきの次回に繋がる気分的には上々の上りであった。
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結局、後半は48(パット19)。80台には届かなかったけれどの、次回に期待が持てるラウンドだったな。
今日も2組でのラウンド。ベスト・グロスは、カツやん。ぺリア優勝がNYC帰りのおたけさん!!おめでとうございます。次回は私も名前が残るラウンドにしたいな。


帰路、毎度の一人反省会。爽やかな風が吹く屋外のホット・コーヒーは苦めだったな。
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by Koppe3T | 2015-06-10 18:33 | ゴルフ | Comments(0)  

日野湧水めぐり

梅雨入り前の爽やかな陽気に恵まれた昨日、日野の湧水をめぐるウォーキングに参加してきた。

出発は、京王線「平山城址公園駅」から。まずは、浅川の堤防沿いへ。堤防の脇には早速湧水の流れだ。
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そして、陣馬山を源とすると云う多摩川の支流である「浅川の眺めだ。川幅も丁度いいし、橋から見る水の流れも清らかで、泳いでいる鯉などもはっきり目視できてしまうのだ。これは、豊田用水取水口から下流を眺めた浅川の流れである。
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さて、豊田用水である。戦前は別荘地であったと云う家並みの南側を流れている。用水の幅も2m以上あり水量も十二分に流れている。その昔は洗い物に使ったであろう洗い場が用水に残っており、その時代の生活感を感じることができたのも嬉しい。
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丘陵に囲まれ「湧水」が多い地域で、ここは、豊田に残る「中央図書館下湧水」である。湧き出る湧水が実に清らかである。東京の名湧水57撰にも選ばれた湧水で、毎秒17リットルの湧水量があるとのことだ。
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豊田用水に沿って下ると、立派な黒塀の邸宅だ。この辺りは富農が多かったのであろう。昔ながらのお宅は各家の敷地が広々としているのだ。江戸期、天領だったことも一因なのであろうか。
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そして、そこかしこに「湧水路」が流れていたな。
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路傍のお地蔵様。上野浄名院の銘と「第七千五百七十一番」のナンバリングが刻まれている。他の地にも違うナンバーのものがあるに違いない。
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こちらも旧富農であろうお宅の、糸杉である。この糸杉は遠くからも目立つし、その高さも細めに脇に広がらない枝ぶりといい、一見の価値があるな。
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豊田村の領主であった大久保忠良が承応元年(1652)に創立したと云う「若宮神社」である。
狛犬は、寛政九年(1797)奉納の狛犬である。風雪の長きを思わせてくれる風化の具合である。
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昔は、地区の子供たちが駄菓子やアイスを買いに集まり賑やかであったであろう村のお店屋さん。
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旗本 大久保忠良が開創したと云う「大久山善生寺」である。本堂の柱は1810年のものとのことだが、屋根は茅葺きだったものを銅板葺きに改築してある。
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境内の裏山には、善生寺350年時に建立された「大仏様」が鎮座している。大仏様の袂まで登って行けるのだ。
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境内のお庭の狸さん。誰かに似ているな(笑)。
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また、こちらにも狸さんだ。
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更に、豊田用水の流れに沿って進むと、こんな可愛い赤レンガのアーチ橋を入り口とするお宅や、この地域では実に珍しくなった田植えが終わった田圃が現れた。田圃のすぐ側まで宅地が迫っていて、流石に東京都下の稲作であるな~~と感じた一枚の水田であった。
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用水路で遊び飽きたのだろうか、鴨の番がネギ畑に這い上がってお昼寝中~~~。みんなで近寄って驚かせてごめんね~~~。
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真言宗 延命寺である。運慶作の延命地蔵菩薩が秘仏とのことであるが、住職が代替わりの時一度だけ開扉されると云う、秘仏中の秘仏とのことだ。
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境内には、日野七福神の「寿老人」が祀られている。また、文明二年(1470)の板碑(板碑)が残されていた。室町期に民間に流行した板碑信仰であるが、日野市に残っている唯一の板碑とのことであった。
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日吉山王権現を祀った日枝神社とムクノキである。ムクノキは、樹齢300年と推察され樹高23メートル幹囲4.45メートルで日野市の天然記念物である。
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さて、浅川の堤防に戻り、川の上流と神馬山方面を望む。宅地化が進む浅川流域であるが、素敵な浅川の流れと山々は実にいい風景である。
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最後に訪れたのは、「七生中学校」の校庭の更に奥にある「自噴水」である。事前に学校の許可も取得して頂いており、校庭や体育館で部活動に汗を流す生徒さんに「おじゃまします。」と自問しながら進むと、一日3000トンの吐出量と云う「自噴水」だ。
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流石に、「日野の2トン」の地域だ(笑)。日に3000トンとは、災害時にも十分使えるであろうし、当学校では、湧水を校庭脇までひいて、「自噴井戸活用水辺ビオトープ」として整備しているのである。水は澄み切って綺麗で、水面には無数の「アメンボ」君だった。
帰路、部活動中の校庭の端を通行中には、こちらがおじゃましているのに、上級生が下級生に私達の通行を気遣う掛け声を掛けてくれて、有りがたいことと感じ入った次第である。
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さて、最後は、浅川を右に見ながらウォーキング終了地へ。梅雨入りまえの晴れ間ありの土曜日の午後、素晴らしい日野の湧水めぐりであった。足が痛い中案内くださり、ありがとうございました。また、最後まで一緒に歩いて頂けた皆様、ありがとうございました。打ち上げでは、17年ピュアモルトのニッカ・ウイスキーが美味しくて少々飲み過ぎたかも(笑)。
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by Koppe3T | 2015-06-07 12:29 | ウォーキング・散策 | Comments(6)